Books:  村上ソングズ / 村上春樹・和田誠(2010)

 

村上ラジオで和田誠さんのレコードコレクション企画をしていました。そこで紹介されていた本です。原曲の歌詞、村上さんによる解説と和訳、和田さんによるイラストです。村上さんは、音楽関係の本をたくさんだされていますが、この本で扱われている楽曲群が、一番ポップなのではと思いました。いずれにせよ、一曲一曲を本当に丁寧し、愛でながら聴いておられるのはどの書籍でもわかります。レコードそのものを愛でておられるのが伝わってきます。

もし夏目漱石森鴎外川端康成が、ベトナム戦争期、昭和後期、平成、令和に生きていたなら、どんな音楽を嗜んだでしょうか。クラシックも聴いたでしょうけど、案外、ジャズ、ポストロックやヒップホップも聴いたのではと思います。評価が定まったものだけが芸術ではなく、評価がまだ定まっていないような新しい表現もまた普遍的な芸術となりうる可能性もありますし、そうならないかもしれません。かつて千利休がクリエイトした「お茶の作法」も、当時は前衛芸術的なものでしたが、いまでは日本人の美意識のひとつとして語られるようになりました。

村上春樹の長編小説「ノルウェイの森」の中で、主人公の大学の先輩、永沢さんが「俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。人生は短い」と語気を強めて、ドイツ哲学書を読み漁る主人公を叱りつけます。この瞬間、村上春樹は、永沢さんを通じて、達観した物事の見方を示し、ご自身の言いたかったことを反映させたように思うのですが、物語の展開をみていくと、そうではないような気になります。

小説中の登場人物に「この人最高!」と自己投影できる人がいないのも村上小説の特徴のように思います。ヒーローレス、ヒロインレスの物語です。読者は、自分を投影させて読んでいくことがなかなか難しいです。弱者の主人公が勇気を持って強くて悪い敵や組織に立ち向かっていくストーリーは少ないように思います。その意味では、ハリウッド映画とは正反対です。どこか不安定で、闇を感じる村上小説。でもフィジカルなマッチョさではなく、メンタルなマッチョさは、他のどの物語よりもあるように思います。

音楽の紹介も、感情の綻びであったり、逆に、逆境の中での超絶的に美しいメロディであったり、その音楽が生まれた背景を知れば知るほど、その瞬間でしか生まれないその場限りの化学反応が必ずあって、その一回生であったり、刹那性を感じることに長けた人なのかも知れません。

本書のおかげで、R.E.Mを少し近くに感じることができました。

村上春樹さんて、のびやかなメロディが好きなんですね。