Books: ハーメルンのふえふき

 

 

イギリスのバンドの曲の歌詞によく「Piper」というワードが出てきます。「笛吹き」を意味する単語ですが、どういった意味が込められているのでしょうか。

ピンク・フロイドの「The Piper at the Gates of Dawn」には、”夜明けの口笛吹き”と邦題がついていますが、ミュージシャンの意図からすると「口笛吹き」は適切ではなく、児童文学作品『たのしい川べ』に登場するギリシア神話の牧神・パーンに由来しているので、「パンパイプ吹き」がより適切です。


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牧神パーンは羊飼いと羊の群れを監視する神で、四足獣のような臀部と脚部、山羊のような角をもちます。山羊は性的な多産のシンボルですが、パーンも性豪として有名です。パーンは、まさに、豊穣と愛欲の機能を象徴しており、土星的な存在です。

一方、レッド・ツェッぺリンの「Stairway to the Heaven(邦題:天国への階段)」の「the piper」は何を象徴するのでしょうか。

Your head is humming and it won't go.
In case you don't know the piper's calling you to join him
Dear lady, can you hear the wind blow and did you know your stairway lies on the whispering wind
頭の中でメロディが鳴り響いて止まないのなら
それは、笛吹きが貴女を呼んでいるのです。
風の音が聞こえますか。
その先に天国への階段があるのを知っていましたか。

ネットで調べると、以下のような説がありました。

1. 笛吹きとは音楽そのものを象徴する
2. ハーメルンの笛吹き男を指す
3. ピンク・フロイドシド・バレットへのオマージュ


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2の「ハーメルンの笛吹き男(The Pied Piper)」というのは、中世ドイツの街ハーメルンにおいて実際に起こった出来事です。当時、街にネズミが大繁殖して困っているところに、カラフルな衣装を着た男が現れ、報酬をくれるなら、ネズミを退治してみせようと持ちかけました。男が笛を吹くと、町じゅうのネズミが男のところに集まってきた。男はそのまま川に歩いてゆき、ネズミを残らず溺死させました。しかしネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は笛吹き男との約束を反故にして報酬を払わなかったのです。怒った笛吹き男は一旦、姿を消しますが、再び街に現れ、笛を鳴らしながら通りを歩いていくと、家から子供たちが出てきて男のあとをついていきました。130人の少年少女たちは笛吹き男の後に続いて町の外に出てゆき、市外の山腹にある洞穴の中に入っていきました。そして穴は内側から岩で塞がれ、笛吹き男も子供たちも、二度と戻ってこなかったと伝えられます。

オーストリアのコルノイブルクでも似たような笛吹き男の言い伝えが残っているようです。

このように中世ヨーロッパという閉鎖形の社会において、「笛吹き男伝説」というのは、多くの謎を秘めつつも、街の人口増加による過密化、ネズミが媒介する疫病、異教徒や移民による侵入といった漠然とした不安感の漂う時代だったのかもしれません。そういった中での、よそ者の笛吹き男に対する藁をもすがる思いとその怪しさに対する猜疑心が入り混じった当時の欧州人共通の心情を物語っているのかもしれません。

ロックミュージシャンたちも、前衛的なスタイルで、クリエイティヴでありながらも、ポピュラーになるまでは、社会では得体の知れない怪しい存在ですから、「笛吹き男」に自分達を重ねたのかも知れません。

ところで、インド神話での笛吹きといえば、やはりクリシュナです。笛(バーシー、バンスーリー)を手にするクリシュナはよく描かれています。クリシュナ神の異名は、ゴーパーラ、ゴーヴィンダで、共に牛飼いを意味します。元々「クリシュナ」も黒い、暗闇の意味があります。「カーラ」も同じです。雨をもたらす黒い雨雲もクリシュナのメタファーとして使われます。この時、雨は祝福そのものです。

インドの叙事詩「バーガヴァタ・プラーナ(シュリマド・バーガヴァタム)」には、こんな一節があります。

クリシュナの笛の音を聴くと
牛飼い女(牧女)(ゴーピー)たちは
家事も家族も全て放り出し
ふらふらと音のする方へ
ヴリンダーヴァナの森へ
彷徨って行ってしまいます。
そしてやって来た女たちに
クリシュナは我が身を
何十人にも分身し
女たちはそれぞれ
「私の元にクリシュナが来てくれた!」
と歓びに陶酔して踊ります。(ラーサ・ダンス)
しかし「クリシュナが、私の元”だけ”に来てくれた」
と鼻が高くなったその瞬間
クリシュナは姿を消してしまうのです。
そして牛飼い女が
元の献身を、
純粋な愛情を思い出すと
再び現れ、共に踊ります。

Srimad Bhagavatam, day 96

Srimad Bhagavatam, day 739

クリシュナに対する信愛のあり方を教えているかのようです。「自分のもの」といったエゴや所有欲を捨てた心持ちで向かい合うことが勧められています。

聖仙シュカは、このラサダンスの特別な遊戯(リーラ)について聞くことによって、人はすべての官能的な欲望から解放され、クリシュナに対する完全なバクティ、すなわち、信愛を得ることができると結論づけています。

さらに、12世紀頃の詩人ジャヤデーヴァが『ギータ・ゴーヴィンダ』において、ラーダーとクリシュナの恋を官能的に描いたことで有名になりました。ラーダーは年長の既婚の女性であり、クリシュナとの愛は世俗的には不義ですが、ラーダーの行動は純粋な神への信愛と言われています。ラーダーはラクシュミの化身だとも。

「The Piper」(笛吹き)とは神の化身としての救世主なのか、それとも悪魔の化身なのか。その流麗な音色に導かれた先は天国か地獄か。中世ヨーロッパでもインドでも、不思議な存在として描かれています。

ピンク・フロイドも、レッド・ツェッペリンも当時のイギリスの音楽シーンにおいては、まさに笛吹き的存在ですね。