Study: 屋台を担ぐことと子どもを抱っこすること

屋台を担ぐことは、とても大変なことです。それに比べれば、2歳の子どもを抱っこすることは、ずっと楽です。ただ、落としてはいけないという意味ではどちらにもプレッシャーはあります。「あげんかい!」って怒られないだけマシですが。

子どもを抱っこすることと、屋台を担ぐことの共通点といいますか、いかに要領よく子どもを抱っこして歩くかを屋台担ぎから考えてみました。

子どもが起きているときの抱っこは、こちらが「ヨーイヤサー」って言うと、頑張れます。子どもも、「ドンドドン!」合いの手を打ってくれます。練り子と乗り子の息があっている感じです。

しかし、子ども寝てしまうと、中村屋台みたいに、丼返ししそうになります。頭が重く、重心がずれるとよろめきます。ずれ落ちてきた場合は、一旦、「ヤーショイ!」と子どもを起こさないように呟いて、持ち直します。ついでに、勢いで、一回差し上げます。「ヨッーサー、ヨイヤー、ショーヤー」って言いながら、軽く持ち上げます。腕で揺らすのではなく、脚の屈伸を柔軟に使うことが大切です。

歩道などを進むときは、「エーンヤーヨッソイ」と言いながら、歩幅を合わせてリズミカルに歩くと、スムーズにいきます。

自宅について玄関を入るとき、ベッドにそっと置くときなどは、「ハーンジョ、ハンジョイ」と呟きます。頭をドアなどにぶつけないように手でカバーしたりします。

下ろすときは、「ゆっくりおろさんかい!」と自分に言い聞かせます。

何事もリズムが大切だと思います。声を出すことも必要ですね。

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Study: 幻の中世都市〜英賀神社から当時を偲ぶ

播磨地方は、中世より天候や海の幸山の幸に恵まれ、交通の要所として発展してきた地域であるので、平和ボケしているのかと思いきや、逆でした。戦国時代には、大坂の羽柴方と中国の毛利方の板挟みにあい、松原八幡神社(灘のけんか祭りで有名)が焼き払われたり、社領を減らされたり。また下記のように播磨の中心都市だった英賀が一夜にして灰と化した「英賀攻め」を知ると、常に敵からの侵略に晒されていた地域とも言えます。

このような歴史を知ると、イタリア南部にあるシチリア島を思い出します。シチリアの住民も様々な勢力によって支配されてきた経緯があるので、ファミリーの絆が強く、よそ者への警戒心も強いようです。そのメンタリティが下地となり、映画「ゴッドファーザー」で描かれるようなファミリー・ビジネスがアメリカで発展されたとも言われます。

もちろん系統は違いますが、灘のけんか祭りをみていると、氏子の一致団結力が強く、上から圧力で動くのではなく、練り子主体の祭礼を行なっているのは誰の目にも明らかです。その理由が、播磨地方の歴史から少しわかったような気がします。

古代より水運の要所だった英賀は室町時代に赤松氏が城を設けたことで発展を遂げました。城主・赤松祐尚(すけなお)の死後、嘉吉元(1441)年には三木氏が移ってきて城を拡充し、的形から室津を治める西播磨の拠点となりました。永正12(1515)年には京都・本願寺の実円院主が英賀本徳寺を建立。三木氏の保護もあって、一向宗最西端の布教拠点として、寺内町の性格ももつようになりました。播磨最大の都市とされたのもこの頃で、宗教関係者だけでなく、播磨灘や夢前川の水運を利用した交易の拠点となったために商工業者も多く集まり、人口は6~7千人を数えたと言われています。

一時は 「播磨最大の都市」といわれ、戦に翻弄された都市でもあります。
1576年『英賀合戦』。播磨進出を狙う毛利と官兵衛はこの地で戦い、見事な戦術により、毛利軍を撃退しました。英賀に悲劇が起こったのは、1580年。中国進出を開始した秀吉軍の『英賀攻め』により、城のみならず町全体が火の海となり、一夜にしてすべてが焼失したといわれています。戦火により数多くのものが失われましたが、「英賀神社」には、失われた巨城・英賀城の土塁(どるい)が今も残されています。

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Study: なんじゃい ひょうたんや〜旧東山村-灘のけんか祭り

令和元年の松原八幡神社の練り番(年番)は、東山地区(旧東山村)でした。練り番の氏子地区には、いくつかの奉納の任務があるようですが、例えば、祭りの1ヶ月前から昨年の練りで壊れた3基の神輿を修理して奉納することや、宵宮・本宮では神輿三基を激しくぶつける合う「神輿合わせ」などがあります。神輿をぶつければぶつけるほど、祈りが届き、神様が願いを聞いてくださるということから、あのように激しくやるようになったそうです。起源にはいくつか説があるようで、舟の貝殻を落とすためにぶつけあったことを模倣しているとも言われます。

 

その神輿合わせの際に、歌われる「石搗(いしづき)祝い歌」にこんな一節があります。


汝(なんじゃ)納(のう)俵担(ひょうたん)ヤ サア 越頭(えっと)栄(えい)

 

東山村は、この言葉の裏に、


何(なん)じゃいの 瓢箪や サーエットエー

 

と込めていると言われます。

 

瓢箪とは、羽柴秀吉の馬印のことで、当時中国地方攻略のためにまずは播磨を平定にとりかかりました。いよいよ秀吉と毛利軍・別所長治の戦の際になると、松原八幡神社は双方から援軍を依頼されましたが、選択できませんでした。これに業を煮やした別所長治勢は、神社を取り囲んで一斉に火を放ちました。さらに、勝利した秀吉は加勢をしなかったことを怒り、神社を芝原(現:姫路市豊沢)に移すよう命じましたが、松原八幡神社を敬う官兵衛は存続を嘆願し、存続を許されました。しかし、千石あった社領は六十石に減らされました。

このとき白浜の地と神社の由緒を説いて秀吉を説得したのが名軍師と謳われた黒田官兵衛孝高だといわれています。羽柴秀吉公の狙いは強大になった寺社勢力を削ぐことにあったのかもしれませんが、古来からの伝統的な流れを断ち切ることで人心を失う愚を犯させないようにとの思いがあったのでしょう。

かつて羽柴秀吉社領を減らされ、神社内での生活が困難になった松原八幡神社の神役人の多くはこの東山に移り、百姓をしながら祭儀の際には役目を果たしたそうです。

 

すなわち、この唄に東山氏子は、
「秀吉がどれほどのものか」「氏子の魂までは売らへんぞ」

といった心意気を歌い継いでいるということです。

 

ちなみに、東山の屋台の棟の前後の屋台紋は、千成り瓢箪です。以前は菊紋でしたが、皇室の御稜威を憚り改めたそうです。秀吉の馬印に因み12の瓢箪を菊花弁に見立て、何とか菊紋を残したいと云う地区神役人の知恵が垣間見られます。また、そこには、その昔彼等を追放した憎き秀吉を崇め奉るかの様に見せ掛けて、その実それを隠れ蓑に菊紋を偲ぶと云う反骨精神も併せ見る事が出来ます。

 

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Study: 御旅山〜灘のけんか祭り

守護大名・赤松氏の庇護を受けて発展してきた松原八幡神社は、応仁の乱の際に、赤松氏と対立する山名氏の報復に遭い、焼き討ちされて全焼してしまいます。

壊滅的な打撃を受けた松原八幡神社ですが、1558(永禄元)年には赤松政則公によって立派に再建されました。このとき竣工祭に米200俵が寄進されたことを喜んだ氏子たちが、米俵を担いで御旅山山頂まで練り歩いたことから「灘のけんか祭り」の原型が生まれたとされています。

御旅山の麓の広畠練り場で、松原村の獅子だんじりによる露払い、練り番の練り子らによる神輿三基の練り合わせが終わった後、練り番以外の6ヶ村の屋台練り合わせが順次行われます。ひとしきり練り合わせを終えた後、露払い壇尻・神輿・各村の屋台が登ります。その様子は、私はまだ実際には見たことありませんが、YouTubeなどで見る限り、相当大変そうです。

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Study: 播州の秋祭りカルタ完成

先週から制作に取り組んでいた祭りカルタがとりあえず完成しました。カルタ用の台紙に写真を貼り付けただけですが。実際に子どもが扱うとなると、手触りの観点からやや扱いにくいかもしれないので、ラミネートでもして保護しようかとも思っております。

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Study: 播州の秋祭りカルタ〜播州弁

子どもの学習教材として、祭りカルタの言葉を考えています。祭りのポイントを押さえつつも、覚えやすい文言がいいと思います。若干、播州弁も入れています。

 

「あ」あげんかい やっさ or あらかわの小芋祭り 階段ごっつい
「い」いよいよ蔵出し 一年長かった
「う」うすき(魚吹)のちょうちん祭り 伊勢音頭が懐かしい
「え」えびすのみや(恵美酒宮)の台場練り 24人の馬鹿力
「お」おたびやま(or 御旅所) 神様のお伴いたします

 

「か」担いで ワイも村に恩返し or 肩車されて乗り子が通る 道あけて
「き」きれいに化粧 魚吹の乗り子 or 木場のやっさと お迎え提灯
「く」くらくなって やったいの電飾つき始めた
「け」けじし(毛獅子)の今在家 ほんまに生きとるみたいに迫力ある
「こ」このしろ寿司食べて腹ごしらえ or こうらんがけの刺繍立派

 

「さ」さまの彫刻 匠の技 村の誇り

「し」しでの色で 村わかる

「す」好きで何が悪い おとこのTバック
「せ」せーのーで!掛き棒あげんかい or 千成瓢箪 東山のやっさ
「そ」ソラ ヨーイヤサー 松原のやっさ

 

「た」たこうあげーよ 上みんかい or 田井の屋台紋は鯛
「ち」ちょうちん(御神灯)の電気つけたら 鯛焼き買いに行こ

「つ」つゆはらい みこし合わせ 屋台練り 広畠で桟敷席から観覧 Or つだの一気差し 拝殿天井突き抜けそう
「て」てんてんつき(露払い) 松原村の獅子だんじり 太鼓止めるな 悪霊を払い清め 広畠練り場
「と」とみしまの限界チョーサ 10連発で拍手喝采

 

「な」ないたらあかん 獅子舞に頭かぶられても or なんどいや あのチョーサ 泥台地面ついたど or 灘のけんか祭り よーいやさー
「に」にいちゃん 今年から大人屋台担ぐ or にしから入ってくるど 八家が妻鹿のやっさ迎えにいっきょった or にしどい(西土井)の東の流儀
「ぬ」塗るんは来年 漆塗り
「ね」練り子 声を揃えてチョーサー(ヨーイサヤー)
「の」乗り子の豪華衣装 村のみなさまにお披露目 or 練り子声を揃えて ちょうこう いけーいけー

 

「は」はまのみやの台場差し サ・イ・テ・バ・チョーサ or はやし聞こえたら だんじり近い
「ひ」ひるみや 御旅所みに行こ
「ふ」ふえの音に合わせて舞う 大塩の八頭の毛獅子たち
「へ」併行して走るやったい 魚吹ならではの醍醐味
「ほ」ほんみやで 神輿合わせ 激しくぶつけて神様に祈願

 

「ま」まわししめなおして もうすぐ宮出
「み」みこし三台 練り番の村が修理して 奉据祭 村には幟三本 祭りが始まる
「む」むすめも だんじり(壇尻)ひいて あーどっこいしょい
「め」めが(妻鹿)の胴突き 地響き 2.5トン
「も」もっと前こんかいやっさ 拝殿前 Or もみくちゃになりながらも 息子の写真撮りたい 親心

 

「や」やたいしんちょう 白木が眩しい
「ゆ」ゆっくり下ろせ 中村のやっさ
「よ」よいみや 提灯割り 播州伊勢音頭

 

「ら」らんとう(乱闘)騒ぎと一緒にすんないや 灘のけんか祭り ほんまのけんかちゃうど or らくやあらへん みこしも重い 神様運ぶ大仕事

「り」りかいある嫁さんもらわんと 祭りは正月やお盆より忙しい Or りゅうの やたいもん どこの屋台が一番?

「る」るす(留守)や思たら 連れんとこのやっさ手伝いに(べっちょないんかいや 元気やのー)

「れ」れきしある祭り みんなで守っていこ

「ろ」ろうもん前で擬宝珠(ぎぼし)と露盤(ろばん)外して はーんじょはんじょの掛け声で宮入り or(ろれつまわっとらんやんけ 飲みすぎやど あのおっさん)

 

「わ」別れぎわ チョーサーで挨拶 また来年

「を」おどり"を"みよ だんじりの舞台 親戚の子でとるから or 脇棒"を"合わせて 練り合わせ

「ん」さ”ん”でん(山電) のろか 祭りで 道路閉鎖中

Study: 「後の祭り」と「祭りの後」〜屋台の痕跡

「後の祭り」とは、よく言ったもので、祭りが終わった後で神社に言ってももう手遅れで、決して祭りや屋台は待ってくれません(屋台に待たされることは多いのですが)。太鼓の音が聞こえたら足早に駆けつけるべきです。いい場所で観たい人、写真撮りたい人は、下見をしておくべきですし、当日は早い目に行って場所取りもすべきかもしれません。どこで何時くらいに屋台を差すか、練り合わせるかなど、地元の人に聞いてみるのもいいかもしれません。情報収集を怠ってはいけません。「結果は想いの集積である」

また、「祭りの後」と言われるように、祭りが終わって片付けや掃除がひと段落した神社の境内は物悲しく、それまでの賑やかさも想像しがたいくらいです。祭り時(ハレの日)の屋台が練っている時の境内や拝殿前は、群衆と練り子で押し合いへし合いになり、窮屈に感じるのに対して、何もない時(ケの日)の神社内は、人気もなくがらんとだだっぴろく感じます。ただ、初詣やご祈祷など神事というのは、厳かに行われるものですので、整然とした境内もまた神社のひとつの顔かもしれませんです。

 

祭り月(神無月/かみのつき)が落ち着いた、霜月に、いくつかの神社を拝観し、秋祭りや屋台の痕跡を探しました。

  

松原八幡神社

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生矢神社

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荒川神社

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恵美酒宮天満神社

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浜の宮天満宮

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英賀神社

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廣畑天満宮

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富嶋神社

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播州秋祭り写真館(大津イオン)

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