さようなら コロンバス / フィリップ・ロス

さようなら コロンバス (集英社文庫)
第1回フランツ・カフカ賞受賞者,フィリップ・ロスの処女作です.ロスは,ニュージャージー州ニューアークユダヤ系移民の子として生まれます.ラトガース大学,バックネル大学,シカゴ大学で学んだ後,1955年から1957年までシカゴ大学で英語を教えていました.1959年,ユダヤ系移民の家庭を描いた本作でデビューしました.その後,全米図書賞,全米批評家協会賞を各2度,O・ヘンリー賞,ペン/フォークナー賞を3度獲得しました.
この小説は,ニューアークの高級住宅地に住む女子大生ブレンダと下町の叔父の家に下宿する貧しい青年ニールの恋の物語です.ブレンダもニールもユダヤ系の移民です.訳者による解説にもあるように,アメリカのユダヤ系は,19世紀から今世紀始めにかけて,「大移動」と言われるほどに,東ヨーロッパかやロシアから一斉に移住してきて,とくにニューヨークを中心に,東部の町々で暮らしはじめました.著者フィリップ・ロスもこうしたユダヤ系移民の一員だっと考えられています.ユダヤ系には,様々な分野で頭角を現し成功者となりえた人物も多かった反面,波に乗り損ねた非成功者,失敗者も数多くいたと言われます.成功者と非成功者の格差も短期間であるがゆえに非常に際立ったものとなったようです.
この物語では,ニューアークに住む成功者のパティムキン一家のブレンダと下町的環境のニールとの対照的に描かれています.

「違うわ.ボストンの大学よ」
こんな答え方は,いやだった.学校をきかれた場合,ぼくなら,はっきりラトガーズ大学のニューアーク・カレッジと返事をする.さりげなく,軽やかに,早口に言ってのけようとするかも知れないけれど,はっきり言う.

ブレンダと知り合ったニールは,早速,成功者パティムキン家の高級デラックスな住宅に招待されます.少し気が知れて来た頃に,ニールはブレンダによって家の地下室に通され,古めかしい家具のがらくたが,そのまま保存されているのを目にします.元々は同じ下町ニューアーク出身であったという過去を同じくする親近感と,現在の貧富の差をニールは感じずにはいられなかったでしょう.ニールとブレンダの現代の若者らしい恋愛の描写の間に,こういった「ずれ」がお互いの背景に流れていることがうまく描かれています.この「ずれ」はお互いの深層心理を大きく突き動かします.なにかに焦っているとも思えるような行動や言葉として終始現れてきます.

ぼくは窓の向こう側へ,光や音よりも早く,同窓会当日の試合のハーブ・クラブよりも早く,飛び込んでいって,あのうしろにまわり,あの目の背後にひそむものをひっつかんできたかった.