アムステルダム / イアン・マキューアン(1999年)

アムステルダム (新潮文庫)

スキポール空港へのフライトは二時間遅れた。クライヴは中央駅まで電車に乗り、そこから柔らかい灰色の午後の光の中をホテルまで歩いた。橋を渡る途中に思い出したのは、アムステルダムはなんと静かで文明的な街なのだろうということだった。クライヴはブラウアース運河沿いに散歩するため大きく西にそれた。スーツケースは対して重くないのだ。道の真ん中に巨大な水の流れがあると、なんと心が落ち着くことか。なんと寛容で、心が広く、成熟した場所であることか。趣味のいいアパートに改造された美しい煉瓦と木彫り材の倉庫群、ファン・ゴッホ風に小ぎれいな橋、控えめな道路整備。知的であっぴろけな感じのオランダ人たちが、行儀のよい子供を後ろに乗せて自転車をこいでゆく。商店主も学者のようで、道路掃除夫はジャズ・ミュージシャンだ。これほど理性的に秩序だった街はほかにない。歩きながらクライヴはヴァーノンのこと、そして交響曲のことを考えた。