わたしを離さないで / カズオ・イシグロ(2008年)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)


★イギリス最高の文学賞ブッカー賞受賞作家、カズオ・イシグロの小説。


舞台はイギリスの緑豊かな自然に囲まれた寄宿学校ヘールシャムです。ここの生徒は全員、将来、臓器を提供する者(ドナー)として生まれ、育てられています。閉鎖的環境で徹底した管理が行われています。


小説の読み方、映画の見方として、読者が、主人公やヒロインに自分を重ねるタイプ、主人公の最も近しき人に自分を重ねるタイプ、社会批評として明確な「善」や「正義」と「悪」が想定されるタイプなど、いろいろあると思いますが、自分はこの作品に対しては終始「傍観者」でした。傍観者といっても温かく見守るのではなく、ヘールシャムという社会のしわ寄せを作り出し、黙認している、臓器の提供を待つ欲望を持った人間の一人として、彼らの生活を観察しているような気になりました。彼ら提供者に近づきたくても近づけない、共感したくても、ぎりぎりのところではねのけられてしまいました。一方で、そういう社会を作り出したのは誰だと思いを巡らせると、その問いは最終的には自分のところに戻ってきました。そう考えると、本質的には「加害者」なのかもしれません。「加害者」だと自覚したところで、自分とヘールシャムの彼らとの距離は到底埋められそうになかったです。その距離感は、カズオ・イシグロの独自の描き方によって生じていると思います。ずっと以前に同著者の『日の名残り』を読んだことを思い出しました。いずれの作品も抑制の効いた描き方です。


「愛」、「性」、「生命」、「身体」、「魂」、「未来」、「希望」、「死」が意識されるシーンが多々ありましたが、それは言葉によってではなく、音や光が入ってくるように感じられました。小説や映画、絵画のいいところは、概念や専門用語を使わずして、ものごとの本質に触れることができるところでしょうか。「理解する」というより、「感じる」といったほうがいいでしょうか。