1.3.種にとって有利な性質が進化するのか?

最初の節で,進化生態学は,究極要因を探る学問であると書いた.必要な概念が揃ったところで,主旨に立ち返りたい.
ある性質を持つことが有利であるとは,その性質を持った遺伝子型の適応度が他の性質を持った遺伝子型の適応度に比べ高いということである.
「なぜ有利なのか?」という究極要因に関する問いかけは,「自然淘汰に対してなぜ有利なのか?」という問いかけであり,「その性質を持つ遺伝子型の適応度が高いのはなぜなのか?」と置き換えることができる.
なお,生物が意識的に有利な性質を選ぶ(有利な行動をとる)必要があるとは考えてはいけない.

種の保存が生物の本能であると考えられることがしばしばある.例えば,同種の動物のけんかは相手を傷つけないようにうまく調節されているとか.北欧のレミング(ネズミの1種)の集団自殺の伝説のように,個体数が増えると,共倒れを防ぐために一部の個体が移動(自殺)してしまうとか.
ここで,レミングの自殺の例を挙げる.種の保存のために自殺するということも性質であると考えるなら,自殺した個体の性質は遺伝しない(しにくい)ことになる.従って,移動後の繁殖機会を放棄してしまうため,移動して自殺する遺伝子型の適応度は移動しない遺伝子型の適応度よりも低い.そのため,たとえ共倒れの危険が増そうとも,進化するのは自殺しない性質である.
「種にとって有利な性質が進化する」ということは論理的にありえないことである.
生き物の進化ゲーム―進化生態学最前線 生物の不思議を解く 参照