昆虫-驚異の微小脳 / 水波 誠 (2006年)

昆虫―驚異の微小脳 (中公新書)
 地球上の動物種の約3分の2を占める昆虫。本書では、ヒトと昆虫の脳と神経の共通点と相違点について、視覚、嗅覚、記憶、地理的な把握能力を中心に考察がなされています。
 昆虫と人間、見た目だけでも、様々な相違点があります。例えば、外骨格か、内骨格か、また、体のサイズが小さいか、大きいか、すなわち、脳が小さいか、大きいか、変温動物か、恒温動物かなど、様々な点で対照的ではありますが、進化の二つの頂点とも言われる二者を比較していくと、生物の進化の本質が見えてくるかもしれません。
 昆虫の特徴の一つとして、複眼が挙げられますが、実は、かなり見えていないらしいです。ただし、視力(解像力)という物差しで比べた場合、ヒトの視力を1.0とすると、昆虫は、0.01〜0.02だとか。しかし、解像度は低くても、視野の広さはかなりのもので、例えば、イトトンボなんかは、左右、上下、360度カバーしています。さらに、特筆すべきは、昆虫は、時間の解像度は高いことです。ヒトが、15ヘルツ〜60ヘルツであるのに対して、ハエは150ヘルツもあります。哺乳類であるヒトと、節足動物であるヒトの視覚系は、相違点ばかりではなく、共通点もいくつか見つかっています。例えば、形の識別では、ヒトと昆虫は同じような錯覚を起こすこともわかっています。匂いに関しては、ゴキブリは、ヒトに匹敵するほどの識別能力をもつことや、コオロギの匂い学習能力は、ラットやマウスなどの哺乳類の学習能力にひけをとらないこともわかってきています。
 ヒトの記憶は、陳述記憶(想起することができ、言語によって表現可能)と手続き記憶(泳ぐ、走るなどの体が覚える記憶)とに分類されますが、ミツバチの場合、ダンスを踊っている働きバチが示す餌場のありかについての記憶は、陳述記憶であると言われます。この陳述記憶を持つ動物は、ヒトと、訓練を受けたチンパンジーと、ミツバチしか知られていません。
 ベルクソンの「創造的進化」の中では、進化の二つの頂点として、ヒトと昆虫類の膜翅(ハチ)目が示されています。生物学は、帰納の科学であるというイメージを持っている自分としては、ベルクソンのように、”神の声を聴いたように”演繹的に生物進化に関する謎解きを示していることに、どうしても違和感を覚えていましたが、脳科学の発展が進むにつれ、100年前に示された仮説と、最新の科学の知見が一致していることには、驚きを覚えます。
 この本を読んで、ヒトと昆虫の脳の仕組みについて知るうちに、何をもってして”賢い”と言えるのだろうかと、根本的な問いにぶつかりました。例えば、人間のように、言語を操る動物を賢いと言うのか、はたまた、精密で、新しい技術を生み出す能力を賢いと言うのか、逆に、昆虫のように、早い情報処理能力を持つ動物を言うのか。一概に、ヒトとムシは、どちらが優れているかは、決められないものなのだと感じます。


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