ドストエフスキー 謎とちから / 亀山郁夫 (2007年)

謎とちから ドストエフスキー (文春新書)
★目次
序章 一八六六年―終わりと始まり
第1章 四つの「罪と罰
第2章 性と権力をめぐるトライアングル
第3章 文化的基層との対話
第4章 屋根裏のテロル―『罪と罰
第5章 反性的人間―『白痴』
第6章 「豚ども」の革命―『悪霊』
第7章 父と子の和解―『未成年』
第8章 大地の謎とちから―『カラマーゾフの兄弟
終章 続編、または「第二の小説」をめぐって


ドストエフスキーの主著として、一般的には「罪と罰」、「白痴」、「悪霊」、「カラマーゾフの兄弟」の4つが挙げられる場合が多いのですが、研究者の中には「悪霊」と「カラマーゾフの兄弟」の間に執筆された「未成年」を重要な著作の一つとしてあげる人も少なくありません。しかし、実際には、「未成年」は重版されることが少なく、本屋で見かけることがほとんどありません。ちなみに、自分も「未成年」をちゃんと読んだことがありません。
 本書は、「未成年」について論考が行われており、「貧しき人々」の中に潜むドストエフスキーの重要なテーマについても解析が行われています。先日ここで紹介したNHKテキスト「悲劇のロシア」の前半4回分は、本書の縮小版と言ってもいいと思います。
 本書のあとがきでも述べられているように「異端派との関わり」をめぐって論考が行われていることは特筆すべき点だと思われます。当時、ロシア正教会から離反した人々によって作られた「鞭身派」や「去勢派」と呼ばれる異端派の大きな勢力が存在しており、特に後者の異端派は皇帝権力(堕落した父)を脅かすまでに発展していたそうです。前者は「性」、後者は「反性」の思想を象徴しており、儀式によって具現化されていました。本書では、この「性」に関する分裂に対してドストエフスキーは非常に関心を抱いていた可能性が高いと指摘されています。
 一方で、現代社会にも目が向けられており、「性」のタブーをめぐっての、「堕落した父」と「去勢派」が繰り広げる世界は、グローバリゼーションの時代にあって、「堕落した父」=アメリカと「去勢派」=イスラームとの戦いに非常に類似していると言及されています。インターネットによる情報のグローバル化は、多元的な価値観を破壊し、世界を一元化しようとしており、ドストエフスキーの小説と19世紀後半のテロリズムの世界が、今後の世界の行方を解き明かす大事なヒントになっているのではないかとも述べられています。