ベルクソン−「あいだ」の哲学の視点から / 篠原資明 (2006年)

ベルクソン―“あいだ”の哲学の視点から (岩波新書)


★目次
1“あいだ”と生成-われわれはどこから来たのか
2進化と痕跡-われわれは何であるのか
3神秘系と機械系-われわれはどこへ行くのか


★晩年のベルクソンはカトリシズムへ帰依しようとしたことが知られています。最後の主著『道徳と宗教の二源泉』では、キリスト教の神秘家としてパウロ、アビラのテレサシエナのカタリナ、アッシジのフランチェスコジャンヌ・ダルクが挙げられています。本書著者は、さらに、もう一人のテレサマザー・テレサを加えることを考えています。
マザー・テレサが汽車の中で「啓示」を受けたのは、1946年(36歳)のことであり、「神の愛の宣教者会」の活動が全インドに及ぶようになったのは1960年代(50代)です。ベルクソンが『二源泉』を世に出したのは1932年(73歳)ですから、ベルクソンマザー・テレサの活動を知るよしもなかったのですが、この聖者こそ、エラン・ダムール(愛のエラン)の典型的な体現者のひとりとして挙げたいと本書著者は考えています。
本書では、マザーの活動について3つの点に注目がなされており、その驚異的な働きを知ることにより、ベルクソンの哲学を補完することが可能だと述べられています。その3つとは、まず、ある種のヴィジョンの役割です。ベルクソンは神秘家にはヴィジョンは必要であるが、行為へと進まないようでは不十分であるとしました。マザーは、困っている人を見ると、ひとりひとりが、愛に渇くキリストに見えたと伝えられます。二つ目に、制度的なものの役割です。カトリック系のさまざまな組織(たとえばイエズス会)の人たちがあれこれとマザーの活動を支えていました。3つ目は、産業の役割です。たとえば、マザーは、飲み捨てられたあとのココナッツ殻に目をつけ、そこから繊維をとりだし、さまざまな製品に活用することを思いついたそうです。
西洋の近代は、機械系が神秘系にとってかわったともみることができます。ディープエコロジーのような環境思想もある意味では機械系に対する反駁とも見て取れます。しかし、上述の神秘家たちの例でもわかるように、ベルクソンは機械系と神秘系の二項対立によって明るい未来が切り開かれると想定していたとは思えません。むしろ、“神秘系が機械系を呼びもとめる”という表現が好ましいように思えます。人間の知性とは白いキャンバスを見ると何か刺繍をしたくなるようなものとたとえられるように、どんどんと便利なものを発明してゆく本性を持っているようです。しかし、ベルクソンはそのような機械系の発展だけでは、自己保存と「閉じた社会」になりかねないと危惧します。それに対して、神秘系とは、神の愛に値すべく、人々のわけへだてのない愛を実践し、広めようとする道とされます。すなわち、「開いた社会」への道は、神秘家によって指ししめされるというのです。