害虫の誕生−虫からみた日本史 / 瀬戸口明久(2009年)

害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)


★目次
第1章 近世日本における「虫」
 日本における農業の成立
 江戸時代人と「蝗」
 虫たちをめぐる自然観
第2章 明治日本と“害虫”
 害虫とたたかう学問
 明治政府と応用昆虫学
 農民VS明治政府
 名和靖と「昆虫思想」
第3章 病気―植民地統治と近代都市の形成
 病気をもたらす虫
 植民地統治とマラリア
 都市衛生とハエ)
第4章 戦争―「敵」を科学で撃ち倒す
 第一次世界大戦と害虫防除
 毒ガスと殺虫剤
 マラリアとの戦い
エピローグ


★「害虫」あるいは「益虫」という概念は、人にとって「害」であるか、「益」であるのかという価値観のもとに形成されたものです。その価値観とは、いつの時代も変わらない普遍的なものだったのでしょうか。


本書では、弥生時代から現代まで、歴史を振り返りながら、害虫と人間の関わりの変容について調査がなされています。読み進めていくにつれ、時代や地域によって、日本人の価値観にはそれなりの揺らぎがあったことがわかります。


本書のエピローグには、最近の環境史研究は、初期のそれに見られたような、「西洋=自然破壊、東洋=エコロジー」という単純な二元論的な議論を乗り越えつつあると記してあります。


自然とのつきあい方を考える上で、著者が本書で示唆していることは、二つあります。一つ目は、我々の価値観は、社会の状況によって作られる部分が大きいということ、二つ目は、「エコロジカル/自然破壊的」という単純な二分法で評価することはできないということです。


一つ目に関しては、現在「害虫」とされている生物が、いつの時代も嫌われ、排除されてきたわけではなく、「有害/有益」という価値観は、時代や地域によって変わるものであることが明らかにされています。例えば、20世紀前半に入って、アメリカでは、ウィルダネス(原生自然)こそが、望ましい自然であると考えられてきましたが、その一方で、日本では近年、里山のような人の手が入った自然を守ることが叫ばれるようになりました。これらの価値観は、地域特有の文脈のもとでうまれたものと考えられます。つまり、「望ましい/望ましくない自然」という価値観には、社会的な次元が入り込んでおり、いつの時代も成り立つ普遍的なものではなく、社会的な文脈についても議論が必要であると指摘されています。


二つ目に関しては、これまで害虫防除技術のあり方をめぐる議論では、それが「エコロジカル」か「自然破壊」か、という二分法で評価されることが多かったことが説明されています。現代の害虫防除技術の多くは、産業化した農業の産物であり、「技術」とは単なる道具ではなく、技術そのもののなかに社会的な次元が入っていることが指摘されています。したがって、これに関しても、「自然にとって望ましい技術」について議論する際には、「技術」のみを道具として切り離して評価するのではなく、農業のあり方のような社会的な次元についても考えていく必要があると述べられています。