日はまた昇る→日もまた昇る

ある従兄弟から、ここのブログの邦題は、”「日はまた昇る」ではなく、「日もまた昇る」じゃないの!?”と指摘を受けました。「日はまた昇る」なら、「The Sun Rises Again」になるのでは?と言われました。よくよく考えると、そうですね。


意味としては、ヘミングウェイの小説のタイトルからの影響もありますが、中身はロスト・ジェネレーションや、喪失感を表現したかったのではなく、「一日のうちに自分の周りには、ときには大事件が、ときには気にもかけないような雑多な出来事が起こっているのだけど、自分の状態がどうであれ、明日は太陽もまた昇ってくるんだ」というようなニュアンスです。自分という小さく、泡沫のような存在に対して、太陽が昇る様子は大きく、普遍的なもののように思えます。しかし、量の大小の問題ではなく、自分も太陽も等しく、明日を生きるという質的な問題です。どちらかと言えば、積極的な意味です。
たぶん、これを思いついたときは、大学院生だったかな。夜更かしして、小説か何かを貪り読んでいた時期なのかもしれません。