シューマン:「ファウスト」からの情景 / クラウディオ・アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

シューマン:ゲーテの「ファウスト」からの情景


★曲目
ディスク:1
1. 序曲
2. 第1部 第1景:庭の場面「私だと分かりましたか、可愛い天使」(ファウスト/グレートヒェン/メフィストフェレス/マルテ)
3. 第1部 第2景:悲しみの聖母マリアの像の前のグレートヒェン「ああ、お向け下さい」(グレートヒェン)
4. 第1部 第3景:寺院の中の場「グレートヒェン、お前はどんなに違っていたことか」(悪霊/グレートヒェン/合唱)
5. 第2部 第4景:アリエル・日の出「お前達は、この人の頭のまわりを空気の輪となってまわっているが」(アリエル/合唱/独唱)
6. 第2部 第4景:「生命の脈は新たに生き生きと波打ち」(ファウスト)
7. 第2部 第5景:真夜中「私の名は欠乏です」(欠乏/罪/困窮/憂い)
8. 第2部 第5景:「おれは四人が来るのを見たが」(ファウスト/憂い)
9. 第2部 第5景:「夜が深く深く侵入して来るようだ」(ファウスト)
10. 第2部 第6景:ファウストの死「こっちへ!こっちへ!入れ!入れ!」(メフィストフェレス/亡霊/ファウスト)
11. 第2部 第6景:「沼沢が山脈に沿って広がり」(ファウスト)
12. 第2部 第6景:「いかなる快楽も彼を満足させず」(メフィストフェレス/合唱)


ディスク:2
1. 第3部 第7景:ファウストの変容 1.「森は揺らぎ」(合唱とエコー)
2. 第3部 第7景:ファウストの変容 2.「永遠なる歓喜の炎」(法悦の神父)
3. 第3部 第7景:ファウストの変容 3.「岩の絶壁が私の足下で」(瞑想の神父/天使に似た神父/昇天した少年)
4. 第3部 第7景:ファウストの変容 4.「霊界の高貴なものが」(天使たち)
5. 第3部 第7景:ファウストの変容 5.「ここでの眺望は自由で」(アリアヌス博士)
6. 第3部 第7景:ファウストの変容 6.「けがれないあなた様から」(マリアヌス博士/合唱)
7. 第3部 第7景:ファウストの変容 7.「全て変わりゆくものは」(神秘なる合唱)


★文学に造詣の深かったロベルト・シューマンは、1844 年頃から晩年にかけて『ゲーテファウストからの情景』を作曲しました。この作品は、オラトリオ形式で、シューマンの内面性が原作の深さと呼応して比類の無い内面的迫力を生み出しているとも言われ、今までは演奏の機会は少なかったものの、近年評価が高まっているようです。


この作品は3部構成になっており、楽曲第二部はゲーテの原作『ファウスト』の第一部に、楽曲第二部は原作第二部の初めの部分からファウストが賭けに負けて死ぬところまで、楽曲第三部はファウストの魂が天使に救い出され、恋人グレートヒェンによって栄光の境へ昇るまでに相当しています。


シューマンの製作の順序は、まず第三部最後の神秘の合唱が1840年代始めに書かれ、続けて原作第一部のグレートヒェンの祈りと罪の諸場面が書かれました(これが第一部)。1850年に原作第二部のファウストが視力を奪われ、メフィストーフェレースとの契約を破って(時よ止まれ! と叫んでしまう) 死ぬクライマックスの音楽を書き、最後に序曲を1853年仕上げて全曲が成立しました。


ゲーテの『ファウスト』と言えば、誘惑の悪魔メフィストーフェレースの圧倒的な存在感、人類の英知の結晶とも言えるホムンクルス(人造人間)によって区切られる狭空間性、古代ギリシアなど神話のキャラクターが数多く登場する「ヴァルプルギスの夜」の多神教的世界感の印象が強いです。


しかし、シューマンは、ファウストの魂の救済(Verklärung/変容or浄化)のシーンからまず制作に取り掛かっており、このシーンにあてがった楽曲の割合も高いです。もしかすれば、シューマンのイメージはまずこの辺りにあったのではと思わさせられます。確かに、これらの楽曲は(CD言えば、2枚目)すべて美しく、まさにファウストが理想とした「自由な民の住む自由な世界」のイメージが喚起されます。


ファウストの「時よ止まれ!」の叫びのシーンを、数多くいる西洋の音楽家の中でこの部分を作曲できた人はシューマンだけだったようです。そして、第三部最後の神秘の合唱は、マーラーが第八交響曲に用いられることになり、先駆的作品となりました。