数学者の言葉では / 藤原正彦

新潮文庫(1981)
数学者の言葉では (新潮文庫)
★「国家の品格」の著者が書いたエッセイ集。
著者は、「学問と文化」で、優秀ながらも大学院進学後に挫折した女子学生「ハナ」の心のうちに思いを巡らせながら、学問の困難さを懇々と説いています。著者は、学問を志す人の性格条件として、「知的好奇心が強いこと」、「野心的であること」、「執拗であること」の3つを挙げています。さらに、院生という立場の人間は、多かれ少なかれ、「自分の能力に関する不安」、「自分のしていることの価値に対する不安」、「自分の将来に関する不安」の三大不安に苛まれているものであると述べています。この不安から来る悪循環の打破には、「楽観的であること」を身につけられるかどうかにかかっているとされます。自分の研究テーマを楽観視することも、もちろん必要ですが、何よりも自分に対して楽観的であることが大切であると言われます。自分を不安から解放するための処方箋として、妥協を通して、不安と共存しなければならないと述べています。
さらに、人間の魅力に関しても、専門(職業)分野での成長(専門的成長)と専門分野以外での成長(情操的成長)の二側面から見ることも述べられています。情操的成長とは、一般的に趣味や教養と呼ばれるもので、柔らかな感性を育み、他人の不幸に対する感受性を高めるもの、すなわち「弱さの魅力」であり、一方で、専門的成長とは、「強さの魅力」であり、自分の選んだ何か一途に打ち込むことによってのみ得られるものです。女子学生「ハナ」は、この両者を同時に得ようとしたから挫折したのだと。若いときは、情操的成長を犠牲にしていることを自覚しながら、専門に打ち込めばよいと著者は勧めています。そうしたら、ある程度歳を経れば、この一見両立し難く見える二つの魅力は、人間の最も深い部分において、見事な親和力をもって結びついていくようになると述べています。
この「学問と文化」を読んでいて、個人的には、自分はやはり、いわゆる「学者肌」ではないなぁと感じました。ただ、本書が、”学者(専門家)とは何か”という定義付けや、魅力ある人間にはどうすればなれるのかといった条件を列挙することを目的とはしていないのは感じました。大事なこととして、自分に対して「楽観的(ポジティヴ)であること」は、どの局面においても忘れてはいけない思考回路であるというのを強く感じました。それは、他人との比較から、自分を欺くのではなく、自分の能力や立場といった自分の文脈を見つめなおして、不安に押しつぶされないように、いい意味で”騙し騙し”、前に進んでいくことが大切なのだという風に理解できました。
また、自分も、自分の専門とそれ以外の小説や音楽を鑑賞することの両立が大切だと思うがゆえに、どっち付かずになってしまうケースが多い人間です。これも、この著書を読んで、確かに、ある人が、専門以外の分野、例えば、音楽や絵画にすごく精通しているからといって、その人の魅力とは感じない(感じてもらえない)ということが、日常的にもあると言えば、あることを思い出しました。逆に、アインシュタイン展に行った時なんかに、アインシュタインは、音楽鑑賞も好きで、モーツァルトブラームスを好んで聴いていたと一言書いてあることを見たときの方が、なにかその人の人間味(弱い部分)を垣間見たような気になり、共感したりします。「魅力」とはそういうものなのでしょう。
人間は、色んな局面を乗り越えながら、「楽観的であること」を身に着けていくものなのでしょうか。「自らを欺いて生きるのは確かに辛いが、欺かずに生きることは不可能である」というくだりが印象的でした。


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