港町室津

意外にも隣町に足を運んでみました。室津というのは、「室の如く静かな津」という意味から来ているそうです。奈良時代には行基によって「摂播五泊」の一つとされ、中世には、清盛、法然上人、足利義満が、この地におり立り、江戸時代には西国大名の参勤交代や来日した朝鮮通信使の中継点として繁栄しました。江戸時代の最盛期には、「一宿一軒」が原則の本陣、一ツ屋・薩摩屋・筑前屋・肥前屋・肥後屋・紀伊国屋の六軒があったそうです。今は、一部が、資料館として復元されています。
姫路方面からは、車で国道250号線(浜国)の「七曲り」と呼ばれる屈曲した海岸線を抜けるとたどり着きますが、やはり当時のように港として入ってみたいものですね。瀬戸内海側から船でこの港に立ち寄ることを想像してみると、切り立った断崖に囲まれた港(室)に入っていくにつれて、波も凪ぎ、町屋の電灯があかく灯り、長旅で疲れた気持ちも一層やわらぐような気がします。
文学の名所とも知れており、戦前、木村旅館に滞在した谷崎潤一郎は、「乱菊物語」を書き、同じく竹久夢二は木村旅館の女主人をモデルに「室津」を描き残したと言われます。


室津港



室津の街並み



室津民族館
姫路藩の御用達をつとめた豪商、海産物問屋「魚屋」・豊野家の遺構。






室津海駅館
廻船問屋として活躍した豪商「嶋屋」の遺構。






賀茂神社
京都の上加茂神社と同じ祭神(加茂別雷神)が祀られています。建物は国の重要文化財
また、境内のソテツ群生林は、かつて九州の大名が寄進したと言われ、ソテツの野生種としては日本列島の北限と言われます。



浄運寺
創建は約800年前の鎌倉初期で、法然上人の二五霊場の一つ。室津には、5つほどお寺があります。



見性寺
室君が建てた五ケ精舎のひとつ。木造毘沙門天天立像は平安時代のものと言われています。



稲富山・圓融寺(真言宗御室派
播磨西国三十三箇所の一つが、身近にあったのでついでに観にいってみました。本尊の十一面観音像と仁王門の金剛力士像は行基の作といわれています。



 


新舞子
今は海水浴でにぎわっています。海の好きなところは、視界がいっきに広がるところですね。JR山陽本線でも神戸から明石の間あたりに、線路が海沿いになったときは、いつも綺麗だなぁと思ってしまいます。



参考:割烹旅館きむらやHP


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