農から環境を考える -21世紀の地球のために / 原 剛 (2000年)

農から環境を考える ―21世紀の地球のために (集英社新書)


★目次
序章 地球の温暖化、そして60億人の時代へ
第1章 環境と農業
第2章 農業は環境の守り手か、破壊者か
第3章 地球温暖化への備えを森林で
第4章 生物圏の危機
第5章 日本農業―その現実と課題


★農地が生態系である以上、環境破壊の影響をもろに受ける可能性、また、環境・自然破壊の元凶になる可能性を孕んでいると言えます。しかし、逆に考えれば、生命産業の農業こそが国土の環境、生態系を維持する実力を有していると言えるのかもしれません。


 第1章では、環境破壊が農業生産の現場にどのような影響を及ぼしているかについて概観がなされています。生物濃縮、オゾン層の破壊、農薬の安全性について述べられています。特に最近ニュースによく出てくる「農薬」ですが、日本では水質汚濁防止法で監視が必要とされる化学物質25種のうち12種が農薬系とされています。農薬の登録に関して、アメリカでは環境保護庁が独自に農薬の再評価に取り組み、自前のデータを用意し、企業のデータとつき合わせる二重のチェック体制をとり、農薬として登録するのにふさわしくない物質のリストを公表しています。それに対して、日本では厚生労働省が毒性の面から企業提出の資料に基づいて審査し、環境省は農作物に残留基準を設け、最終的には農水省が登録して商品化されるしくみをとっており、アメリカに比べると手薄です。


 第2章では、WTO体制を批判し、活路を環境保全型の農業生産に見出そうとしている日本の農業には、厳しい改革が必要だと述べられています。また、第2章から第3章では、農地や森林が有する多面的機能について触れられています。例えば、森林を含む農地を大きくみると、洪水防止、土壌浸食防止、生態系保全、大気浄化、水質浄化、有機廃棄物処理、良好な景観の形成、文化の伝承といった役割を担っていることが紹介されています。一方で、農地が生態系として物質が循環する以上、窒素肥料と農薬の数々を含み、水を汚染する可能性も含有しています。さらに、戦後各地で行われてきた公共事業の実態について見てみると、金儲け一辺倒で行われてきたことを痛感します。しかし、最近では、市場で貨幣により評価される貨幣価値(交換価値)から、自然の生態系、環境が持つ公共財としての価値(関係価値)へと日本人の意識そのものの変化が起こりつつあると指摘されています。


 第4章では、「持続可能な農業」への努力を、南インドでの「緑の永久革命」の試みを通して紹介されています。インドのモンコンブ・スワミナタン博士が楽観的なのに対して、ワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン博士は悲観的に今後の地球環境の状況を見ているのが対照的で興味深かったです。


 第5章では、山形県高知県を例に、地域の自立をめざす農山村の姿が紹介されています。「食料、農業、農村基本法(新農業基本法1999年施行)」が「中山間地農業の維持」と「持続型農業への転換」とによってめざそうとしている環境と農業を合体させる政策が紹介されています。産業としての「効率」と「消費者が求めているもの」を同時に視野におさめ、「改革のデザイン」を決断するためには、第1に安全な食料を安定して供給すること、第2に新しい農業構造に仕立て直すために農地をより自由に流動させ、規制を緩めて経営を多様化し、担い手を確保すること、第3に山あいの条件不利地の農林業が果たしている国土、自然環境保護の働きを保つため、農村地域社会を再編、維持するといった、改革の三本柱が提唱されています。


 本書を読んだ感想として、まず、日本は100年前に始まった国ではないことも忘れてはならないと思いました。特に「農」に関しては、本書の随所に出てくる「身土不二」「医療同源」「地産池消」を、かつての日本人はやってきたのも事実です、過去の合理的な暮らし方を省みることにも意義があるように思えます。


 ただ、本書もそうですが、消費者、もしくは政策・経済の分析を行う立場の目線が多いことは否めません。特に農業は、1次産業特有の、生産と消費者の間の壁が高いように思えます。昨日まで消費者であった人が、明日から生産者になれるのか、あるいは、農家の人でも機械・農薬を使用せずに作物を栽培できるのか、と言われればなかなか難しいだろうなと実感したことがあります。確かに、有機・無農薬農業は理想なのかもしれません。しかし、いきなり完全に有機・無農薬農業へ転換させたとしたら、今の食糧生産量ですら到底及ばず、地球上の人口をさらに養えなくなるのは目に見えています。徐々に有機農業、無農薬化へシフトさせていくためには、農政の改革は必須ですが、生産現場での細かい技術の開発を積み重ねていくことも重要であると個人的な意見として持っています。農地も一つの生態系である以上、「風が吹けば桶屋が儲かる」といったように、全体の変化を見据えながら、各箇所を地道に改善させていくしかないように思えます。


 あと、これは蛇足ですが、有機JAS規格で使用が許可されている農薬として、天敵等生物農薬、展着剤が含まれていることは見逃せませんでした。