自由への大いなる歩み―非暴力で闘った黒人たち― / M.L. キング(1969年)

自由への大いなる歩み―非暴力で闘った黒人たち (岩波新書 青版)


★目次
1.南部へ帰る
2.抗議運動以前のモントゴメリー
3.決定的な逮捕
4.もっとも偉大なる日―十二月五日
5.運動は勢いを加える
6.非暴力への遍歴
7.反対者の方法
8.絶望的な人々の暴力
9.ついに人種的隔離は撤廃された
10.今日のモントゴメリー
11.ぼくたちはここからどこへ進むのだろうか?


U2の楽曲「PRIDE(IN THE NAME OF LOVE)」は、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアに捧げた曲です。また、マイケル・ジャクソンの楽曲「HIStory」には、キングの演説の一部(“I Have a Dream”)が使われています。


キングの提唱した運動の特徴は徹底した「非暴力主義」でした。この思想は、インド独立の父、マハトマ・ガンディーに啓蒙されたものです。


本書は、キング牧師が歴史の表舞台に出てからを記した自叙伝的著作です。しかし、彼自身は、自伝とは呼ばず、「人間的価値の新しい評価を獲得するにいたった、ニグロの記した年代記」と定義づけしています。第6章「非暴力への遍歴」は、キングの思想の核心部に触れる言説です。

たいていの人々と同様に、ぼくはこれまでもカンジーのことをきいてはいたが、彼のことを真剣に研究したことはなかったのだが、彼の本をよんでいくにつれて、ぼくは彼がやった非暴力的な抵抗の闘いにふかく魅せられた。ぼくがとくに心を動かされたのは、塩を手に入れるための海に向かっての行進と、彼が何回となくこころみた断食だった。「サティアグラハ」”Satyagraha”(サティヤSatyaとは愛にひとしい真理、アグラハagrahaは力の意、したがって「サティアグラハ」とは真理の力もしくは愛の力を意味する)という概念全体は、ぼくにとってまことに意味深長だった。ぼくがガンジーの哲学をますますふかく研究してゆくについれて、愛の力についての疑問はしだいにきえてゆき、ぼくははじめて、社会改良の領域のなかでの愛の力をみとめるようになった。ガンジーをよむ前には、ぼくは、イエスの倫理は個人的な関係のなかでしか有効でないという結論に達していた。「いまひとつの頬をむけよ」といい「汝の敵を愛せよ」という哲学は、個人が他の個人と対立におちいるときだけしか有効ではない、とぼくは感じていた。だから、人種や民族がたがいに対立におちいるときは、もっと現実的な方法が必要なように思われたのだ。だが、ガンジーをよんでみると、ぼくは、ぼくのこうした考えがすっかり間違っていることに気がついた。


ガンジーは、おそらくイエスの愛の倫理を、個人と個人の間のたんなる交互作用をこえて、大規模な、強力で有効な社会的な力にまでひきあげた、歴史上最初の人物だったろう。ガンジーにとっては、愛は、社会ならびに集団を変革するための強力な道具だった。ぼくは、長い歳月の間さがし求めてきた社会改革のための方法を、ガンジーがこのように強調した愛と非暴力のなかにはじめて発見したのだ。ベンサムやミルの功利主義や、マルクスレーニンの革命的な方法や、ホッブスの社会契約説や、ルソーの「自然に帰れ」の楽観主義や、ニーチェの超人の哲学からはうけることができなかった知的ならびに道徳的な満足を、ぼくは、ほかならぬガンジーの非暴力的抵抗の哲学のなかに見いだしたのだ。ぼくは、これこそ自由のための闘いのなかで抑圧された人々に与えられた、ただひとつの道徳的にも実践的にも健全な方法だと感ずるようになってきたのだ。


ガンジーを研究した結果、ぼくは、真の平和主義とは悪にたいする非抵抗ではなく、悪にたいする非暴力的な抵抗であることを確信した。この二つの立場の間には根本的な相違がある。ガンジーは、暴力的な抵抗者と同じ情熱と力をもって悪に抵抗した。真の平和主義は、ニーバーが主張するように、決して悪の力に非現実的に屈服することではなく、もしろ、暴力をうける方が暴力を加えるよりもましだ、なぜならば後者は宇宙における悪の存在を増大させるにすぐぬが、前者は反対者を恥いらせて彼の心を変化させるからだ、という信念を胸にいだいて、愛の力によって勇敢に悪にたちむかってゆくことだ。

U2の「Pride(In The Name Of Love)」の歌詞の一部を抜粋します。

Early morning April 4.
A shot rings out in the Memphis sky
Free at last, they took your life
They could not take your pride


In the name of love
What more in the name of love


4月4日の朝未だき
一発の銃声がメンフィスの空に響きわたる
拘束を逃れ自由になれるのは
命奪われる時
しかし人の誇りまでは奪えはしない


愛の名のもとに
いまひとたび愛の力を信じて


U2詩集 中川五郎・訳)