生きづらさはどこから来るかー進化心理学で考える / 石川幹人(2012年)

生きづらさはどこから来るか―進化心理学で考える (ちくまプリマー新書)


ダーウィンの進化論を、現代の人間社会での個人におきかえて説明すると、自分に適した環境を探し出し、順応できたものが、幸せ(ベネフィット、例えば、お金、名誉、地位、愛情、尊敬、お礼の言葉、配偶者、子孫)を得られるということになるでしょうか。(ここは、あくまで自分の言葉です。)


本書は、現代の日本の社会問題について進化学の知見をもとに分析を行っています。人間は食欲、性欲、支配欲など、他の動物と同じ性質をいくつか持っています。ヒトの能力は、200万年続いた狩猟採集時代に生じたとされています。それに対して、農耕を始めてから現代にいたるまで1万年しかたっていません。一方、環境の方はどうでしょうか。文明の発達は著しく、人間社会は大きく変わり、社会の中での個人の役割は狩猟採集時代とは大幅に多様化しました。すなわち、人の能力(遺伝情報)は、大きく変わっていないにもかかわらず、環境は爆発的に多様化したのです。


個人の能力を決定する要因として、「遺伝」か「環境」かという問いがよくなされますが、ある研究によれば、体重、音楽・数学・スポーツの能力は、遺伝の寄与が80〜90%とかなり大きいことが示されています。一方、外国語、言語性知能については、学校のような一律の環境での教育が有効であるようです。


人の能力(遺伝情報)が狩猟採集時代から大きく変わっていないにもかかわらず、社会(環境)の方は多様化したというのは、いろん面で不具合を生じさせています。職業選択の自由が生じた結果、何をすればいいか決定するまで悩むというコスト(手間)を生じさせました。社会に多種多様な環境と人が増える事で、接する人々が増えた反面、つきあう時間が減少し、他者の理解が進みにくくなりました。社会が安定化し、医療や食料の充実した結果、平均寿命があがり続け、大量の高齢者の世話をしなければならないという状況に直面するようになりました。


ヒトの情報選択能力も進化していないようです。現代でもそれが伺えます。何かを購入する時、流行っているものを購入する、ブランドモノを購入する、信頼できる人がよいと言ったものを購入する、ネットの口コミで評価の高いモノを購入するといった行為は、自分で一から探しまわることと比べれば、コストが小さくて済みます。このようにヒトは進化の過程で、共同体の価値観を容易に取り入れるという能力を持ちました。「自分で選んでいる」ように思わせて、「選ばされている」ということです。でも、これはヒトにとって適応的な性質だから残ったと考えられます。


「生きづらさ」を感じる「意識」というのは進化の産物ということです。それは、過去や将来の可能性や、社会の中の自分の位置づけを考える能力の副産物(代償)です。