TV drama: ダブリン 悪意の森(原題:Dublin Murders)(2019)

タナ・フレンチ(Tana French)のデビュー作「悪意の森(In the Woods)」をベースに、「道化の館(The Likeness)」をエッセンスに加え、アガサ・クリスティーシリーズの脚本で知られるサラ・フェルプスが脚色し映像化したサスペンス・ドラマ。原作「In the Woods」は、エドガー賞を受賞しています。(AXNミステリー

原題の通り、アイルランドの田舎町ノックナリーの森を舞台にしたサスペンス・ストーリー。ノックナリーの森で少女ケイティの他殺体が発見されます。担当するのは、ダブリン警察の刑事ロブとキャシー。
サスペンス物は、解説を書くとネタバレになるので難しいところです。「森」とは、この物語においては、決して爽やかな場ではなく、それぞれの登場人物にとって過去、嫉妬、否定、悪意、殺意、ブラックボックス、トラウマ、不鮮明な記憶といったネガティブなものを象徴しているように思います。21年前の少年・少女の失踪という未解決事件という過去のモヤモヤが関係者らの背中に重くのしかかり、その重荷に各人が耐えられなくなり、周囲の人間に悪影響を及ぼします。ダブリン警察の刑事ロブも、「森」で彷徨います。21年前の失踪事件の当事者でありことから、あいまいな記憶というブラックボックス(森)が、現実と記憶を悪く結びつけてしまいます。それは、彼の21年前の事件以降の環境の変化によるトラウマが作用しています。イギリスで学生時代を送らざるを得なくなった彼のストレス。そして刑事として母国アイルランドに戻ってきた時のイギリス訛りの英語と母国語アイルランド英語のギャップ。さまざまな負の要因が重なり、彼も再び森の暗闇でもがき苦しみます。そこで一筋の光のごとく現れたケイティの姉のロザリンド。自分の正体をロザリンドに仄めかすロブですが、ロザリンドの心も漆黒の闇でした。
観た後の正直な感想は、ここまで無情な物語も珍しいのではと思うほどでした。もし教訓のようなものを得るとすれば、彷徨う人間のマインドはとても不安定なものであり、楽な環境、心開けそうな人に出会うと、思わずマインドはそちらに引き寄せられてしまうということです。無防備になり、失敗を犯します。足元を救われるということです。ドラマ中でもロブとロザリンドの接触が癒しのひとときのように感じられました。観ている側も、むごいストーリー展開に癒しを求めていました。ただ、弱さを露呈させたロブの姿は決して醜いものではありませんでした。むしろ、過去と向かい合おうと努力する姿は美しかったです。しかし、ここがこのドラマの面白いところなのですが、美談では終わらせてくれません。自分一人だけ解決して新しい人生なんて歩ませてくれません。関係者すべてがずっと出口のない森の中を彷徨い続けるのみです。
小説のほうは、シリーズ物として続いているようなので、もしかすれば、新しい展開があるかもしれません。このままではすっきりしないので、次の本も読みたいです。まさに、森に彷徨ってしまう感じですね。