Music: Voodoo Lounge / The Rolling Stones (1994)

 

Voodoo Lounge

Voodoo Lounge

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All tracks are written by Mick Jagger and Keith Richards.

No. Title Length
1. "Love Is Strong" 3:46
2. "You Got Me Rocking" 3:34
3. "Sparks Will Fly" 3:14
4. "The Worst" 2:24
5. "New Faces" 2:50
6. "Moon Is Up" 3:41
7. "Out of Tears" 5:25
8. "I Go Wild" 4:19
9. "Brand New Car" 4:13
10. "Sweethearts Together" 4:46
11. "Suck on the Jugular" 4:26
12. "Blinded by Rainbows" 4:33
13. "Baby Break It Down" 4:07
14. "Thru and Thru" 5:59
15. "Mean Disposition" 4:09

Personnel (The Rolling Stones)
Mick Jagger – lead vocals, guitars, harmonica, percussion
Keith Richards – guitars, backing vocals; lead vocals on "The Worst" and "Thru and Thru"
Ronnie Wood – guitars, pedal steel, backing vocals on "Suck on the Jugular"
Charlie Watts – drums, percussion

 

ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが亡くなり、哀しいです。ローリング・ストーンズは説明するまでもない有名なバンドです。彼なしのストーンズは考えられません。ワッツは、バンドの集合写真では、オールバックにスーツ姿で小綺麗な風貌で写っていることが多く、かつてイギリスで流行ったモッズのスタイルを思わせました。物静かな人であったようです。

個人的にストーンズ初体験は、1994年6月発売の『Voodoo Lounge』でした。このアルバムは、彼らの長い歴史の中では、期待されていた割にはあまり評価が高くなかったアルバムでもあります。

当時の音楽シーンは、ニルヴァーナサウンドガーデンパール・ジャムに代表されるアメリカ西海岸シアトルを中心にグランジの隆盛が訪れたと思いきや、1994年4月5日カート・コバーンの死により、無理矢理といってもいいほどに時代が突然終わりを告げさされたところでした。一方、イギリスでは同年8月30日オアシスがデビューアルバム『Definitely Maybe』で戦慄のデビュを果たし、新しい時代の幕開けを感じさせました。80年代一世風靡したハードロック、メタル系のバンドは、グランジブームの影に身を潜め、KISSを始め、派手でフェミニンな衣装やメイク、髪型をやめ、素朴な風貌でかつての名曲をアコースティックギターで弾き語るスタイルをとりはじました。自分たちのルーツであるブルーズやフォーク、カントリーへ回帰する「原点回帰」発言も新たな流行り言葉として語られました。

そんな時代背景もあってか、ストーンズの『Voodoo Lounge』もブルーズ色の強いものとなりました。「Love Is Strong」は、ミック・ジャガーブルースハープに始まり、全体を通してトーンの低い声、キース・リチャーズのソロ時の曲 「Wicked as It Seems」(1988)にインスパイアされた無骨なギター・リフとタメの効いたドラム。"Love Is Strong"、"You Got Me Rocking"、"Out of Tears"、"I Go Wild"がシングルとして発売されました。シンプルな楽曲こそ、ストーンズの本領発揮なはずでしたが、イギリスではまずまずの評価としても、アメリカでは散々な結果でした。

アルバムは全体を通してミドル〜スロウテンポのものが多く、ブルースハープやスライドギター、スチールギターアコーディオンバンジョーなど、ブルーズだけでなく、ジプシーやフォーク、カントリー調の曲があります。リラックスして曲を作ったようなアットホームな雰囲気です。Voodoo Loungeも、Voodooは、ブードゥ教の、呪術的な、雑多な、ごちゃまぜの、原始的な、未開の、Loungeは、居間、休憩場所というニュアンスでつけたのかもしれません。

ミック・ジャガーの歌い方も、力を抜いた感じなので、あの独特の言葉数の多く、力の入ったややこもりがちの歌い方があまり披露されていません。チャーリー・ワッツのドラムは、独特で、あまりハイハットは連打せずにスネアでリズムをとります。

もともとストーンズは、物議を醸すのが常套手段となっており、1968年のアルバム『ベガーズ・バンケット』のオープニングを飾る「悪魔を憐れむ歌(Sympathy for the Devil)」もそのひとつです。チャーリー・ワッツリムショットとロッキー・ディジョーンのコンガ、そしてビル・ワイマンのマラカス(シェケレの一種)が刻むサンバ調のリズムで始まります。未開の土地の音楽やそのリズムを取り入れるというのは、新しくもあり不気味でもあるようです。ミック・ジャガーも「白人にとって異文化の音楽に当たるアレンジが、何かしら非常に不吉なモノを感じさせる効果がある」と述べているます。

「Voodoo Lounge」のブックレット内部の写真は骸骨の模型やサタンの人形にメンバーが囲まれ佇んでいます。正直、趣味悪いです。待望のシングル「Love Is Strong」も、不気味とも言えるほど低い歌い方が特徴です。一時期は「サタニズム」の嫌疑がかけられたミック・ジャガーはそのイメージを逆手に取った演出とアピールを意図したのかもしれませんが、「悪魔を憐れむ歌」ほどの物議は醸しませんでした。

それは、きっとカート・コバーンの死がリアル過ぎたんだと思います。イギリス人であるストーンズのメンバーのセンスとウィットに溢れる独特のブラック・ユーモアが、コバーン・ロスに強い衝撃を受けていたアメリカのロックファンには響かなかったのでしょう。

ミック・ジャガーはインテリかつ感受性豊かなので、深読みしないと良さがわかりません。アーティストです。「悪魔を憐れむ歌」は、ミハイル・ブルガーコフの小説「巨匠とマルガリータ」との間に著しい類似が散見され、強い影響を受けたと解釈されているのは有名な話です。ミック・ジャガーは、その世界を音楽に転換したとも言われます。この小説中で、悪魔ヴォランドは、光があるからこそ影があり、影があるから光も存在できるという意味のセリフを言います。これは、神と悪魔は表裏一体、悪魔がいるなら逆説的に神も存在し得ることを示唆したものに感じられます。ちなみに、邦題は「悪魔を憐れむ歌」ですが、「悪魔と手を取り合う歌」「悪魔とつるむ歌」くらいのほうが歌詞の内容を反映しています。

 

 

インド神話の乳海攪拌は、世界の創造と破壊、混沌への回帰、再創造の神話です。常に争う神々とアスラが、不死の飲料アムリタを得るために協力して海を攪拌しました。

ミック・ジャガーの書く詞には、善と悪は表裏一体であり、自らが影を表現することで、光の本当の姿を浮き彫りにしています。『Voodoo Lounge』は、インド神話の乳海攪拌のごとく、神様と悪魔が手を組んで、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた海から不死の飲料が生じる物語も連想させます。「Voodoo Lounge」=ごちゃまぜになった場所=攪拌される乳海として、私はこのアルバムを位置付けています。カート・コバーンの死と同年に発表されたこのアルバムが、彼らなりの時代の解釈を示唆しているは、始まりと終わりを告げているように思えます。

チャーリー・ワッツが亡くなったことも、悲しい現実ではありますが、ローリング・ストーンズの終わり、ひいては時代の終わりと次の時代の始まりを告げているのかもしれません。ローリング・ストーンズは、チャリー・ワッツのドラムなしでは成り立たないと考えるからです。北欧神話ラグナロク」も、インドの乳海攪拌神話と構造的に類似しており、円環的世界観に基づく破壊と再生の神話として語り継がれています。時代は繰り返されることを各地の神話は示唆しているのかもしれません。音楽シーンという大海も、彼らのように悪魔と取り引きして制作したかのような作品を発表するバンドによって幾度となく攪拌され、創造、維持、破壊、再生が繰り返されるのでしょう。

R.I.P. Charles Robert "Charlie" Watts