生命の意味論 / 多田富雄(1997年)

生命の意味論

超システムは、しかし、要素そのものを自ら作り出し、システム自体を自分で生成してゆくシステムである。要素も関係そのものを自ら作り出し、システムで生成してゆくシステムである。要素も関係も初めから存在していたわけではない。
エボラ出血熱、ラッサ熱、マールブルグ病など二十世紀に入ってから世界に現れるようになった新たなウイルス病は、いずれもこの平衡関係の破綻によるものである。人間が、熱帯雨林を切り倒し、動物の聖域に侵入する。そこでウイルスと共存していたサルを殺す。ウイルスは新たな宿主として否応なく人間を選び、それに適応しようとする。
このようにシビアなDNAの共存と排除の生態系を考えると、食物連鎖による生態系などという平和思想はケチくさくて取るに取らぬように思えてくる。地球環境問題という時には、文明がDNAで成立している生態系にどんな影響を及ぼすかという観点から考えてゆくべきであろう。
DNAの生態系に、いま大きく介入してきたのが、エイズの病原体、HIVである。このウイルスは、人間のDNAの内部に入り込み、新たなやり方で人間の「自己」を破壊する。いまのところ人間のDNAはHIVに対処する方法を知らない。角逐は一方的にHIVの勝利に終わっている。その歴史は、まだ二十年に過ぎない。