偉人たちの脳−文明の星時間 / 茂木健一郎 (2009年)

偉人たちの脳 文明の星時間


★人の賢さを測るには、その人の歴史に対する態度がよい指標となるのではないだろうかと著者は冒頭で述べています。すなわち、歴史上の事象をどう見るかということに、人間観、世界観が顕れると考えています。
確かに、すべてが決まってしまった後で、いろいろ論評することはたやすいことです。しかし、ものごとが現在進行形の場合には、一寸先は闇であり、何が起こるかわかりません。NHKで放映されていた「その時歴史が動いた」という番組は、個人的にはすごく好きでした。好きな理由がいまわかってきたような気がします。死ぬか生きるか、自分の属する一族あるいは国家の存亡がかかっている状況の中で、ぎりぎりの決断を下す人の姿は、観ている人の心に強い印象を残します。
歴史の知識として、何年に何が起こって、どこで誰がどうしたといった表面的な事柄は、時間の縦方向の流れと、空間的な横方向のつながりを把握する上で大切なことだと思います。一方で、何が起こるかわからない未来に自らを投企してきた人間の覚悟に満ちた決断とその生き様を知ることは、自分の生を考える上でもとてもよい知恵になり得ると思いました。
どれも読み応えのある記事ですが、個人的には、アインシュタインフロイトゲーテ夏目漱石薩長同盟マタイ受難曲ヘーゲルビートルズバラク・オバマの記事が印象深かったです。本書で挙げられている人や歴史的出来事は、現代では偉人、あるいはサクセス・ストーリーとして知られることばかりです。しかし、著者が焦点をあてているのは、そこではなく、むしろ、何が起こるかわからない状況の中にいたその人の生き様です。例えば、アインシュタインでは、無名時代の心境、夏目漱石では、出世の道を断ち、新聞社に入社したときの決断です。「その時」の前夜の人の心境を察すると、偉人と呼ばれる人であっても、決して遠い位置にはないように思えてきます。