Books: パンの科学 / 吉野精一(2018)

 

最近、再びパンがマイブームになっており、休日は近くのパン屋さんで好きな種類のパンを買って食べています。昔から、フランスパンやライ麦パンのハードなものが好きで、どちからというと、食パンはあまり食べません。自家製パンを作ることもあります。無水調理鍋でフランスパンを作ります。原料は、小麦粉とイーストと水と塩だけなのに、美味しいパンができます。

パンが好きなのは母親の影響かもしれません。卒論でパン用酵母イースト)の研究をしたらしいです。くしくも、私も今、出芽酵母について勉強しています。

さて本書ですが、パンについて、第1章パンの基礎知識、第2章パンの科学史、第3章パンの材料を科学する、第4章パン製法の科学、第5章パン作りのメカニズムにわけて解説がなされています。ブルーバックスですので、本そのものが要約になっており、さらに要約するのもあれなので、気になったところを抜き出して、感想を交えて書いていきたいと思います。

ビール酵母やパン酵母も出芽酵母の一種で学名はサッカロマイセス・セレビシエです。「サッカロマイセス」とは、ギリシア語の「σάκχαρ(砂糖)」と「μύκης(きのこ)」の合成語です。有機化合物(デンプンや糖質)を分解して、アルコールと炭酸ガスを生成します。日本酒やウイスキー、ワインにも同じ属種の酵母が使われています。パンの場合は、エタノールがパンの風味や香味の元となり、炭酸ガスはパン生地の膨張源になります。

出芽酵母は、自然界では、木の樹皮、樹液や果実、また穀物・豆類・根菜類の種子や根、そして野菜の茎や葉の表皮に多く生息しています。

酵母なしでは発酵は起きず、ふっくらしないのですが、パンはパンです。無発酵パンと発酵パンと区別されます。インド料理でいうと、チャパティとナンの違いでしょうか。無発酵パンについては、旧約聖書の「出エジプト記」をいつも思い出します。「種入れぬパン」(イースト菌を入れない無発酵パンのこと)や「上質の小麦粉で焼いたパン」を食べ、種入りパンは食べてはならないという訓示が何度も出てきます。「出エジプト記」は、モーセが奴隷であったヘブライ人を脱出させる物語です。なぜ、無発酵のパンを食べることが告げ諭されたのか、諸説あると思いますが、支配階級のエジプト人の文化を象徴ともいえるビールやパン(発酵食品)を弾糾して、自らの文化のタブーとしたとした説や、適切な食品加工の技術をもたなかったヘブライ人が、長旅の道中に食中毒を恐れて、発酵か腐敗かわからない状態のパンを口にすることを避けた説などがあります。確かに、インドの食文化でも、発酵食品はそれほど多くなく、アーユルヴェーダでは忌避されているような印象を受けます。暑い地域でかつ新鮮な野菜や果実が年中豊富である場合、保存食の必要が少なく、発酵の技術も発展しにくいのかもしれません。

パンの多くは小麦を製粉した小麦粉で、小麦の源流は、1万年前ほど前に中央アジアから西南アジア一帯に自然生育していた野生原種(スペルト小麦など)が栽培されるようになったとされています。

パンの源流は、無発酵パンは紀元前5,000年頃から、少し膨張した発酵パンは紀元前4,000〜紀元前3,000年頃に、中央アジア〜中近東〜地中海沿岸を中心に誕生しました。紀元前2,000〜紀元前1,000年頃、メソポタミアのシュメール文明やエジプト王朝中後期には、大麦でビールを醸造し、その搾りかすに大麦粉を混ぜ合わせて作った大麦パンや小麦粉を混ぜ合わせたブレンドパン、そして小麦粉だけで作られた上等のパンが主食として、ビールとともに食されていたと記録されています。

紀元前後のローマ時代に入ると、農耕技術はもとより石臼(カーン)やふるいなどの製粉技術、カマドなどの焼成設備が発明されます。石臼(カーン)については、サドルカーンは、紀元前3,000年頃の古代エジプト文明で発明されました。紀元前600〜紀元前500年の古代オリエント時代には、現在でも使用されるロータリーカーンの原型が発明されます。うちの実家の玄関先にも、ロータリーカーンが飾ってあります。昔、小麦粉を挽いて、素麺を製造していたらしいです。

現代日本の製パン科学と加工技術は世界的にも群を抜いており、高品質で低価格のパンの供給が可能です。その生産には合理化・機械化されたラインをもつ大手ベーカリーが大きく貢献しており、それらの礎となったのが、第二次世界大戦後のアメリカから導入された製パン科学と加工技術です。現代でも主流となっている二大パン製法、ストレート法と中種法です。これらの技術は、アメリカでは第一次世界大戦の頃には陸軍に移動式のベーカリー装置が導入されていました。戦争がパン製法の開発を早めたと言えます。

個人的には、ドイツのライ麦パンが好きです。酸味の効いたしっとりもっちりとしたパンです。ライ麦パンの製法には、自家製パン種のライサワー種を使った発酵種法があります。ライ麦には多くの乳酸菌が付着しており、糖質を分解する乳酸発酵が起こります。pHが4.5以下になると、ライ麦由来のイーストが活性化して増殖しはじめます。イースト、乳酸菌、酢酸菌などが共存・共栄することで、エタノール、乳酸、酢酸などの有機物と炭酸ガスを十分に包含した発酵種へ熟成していきます。この初種を複数回の種継ぎをして、仕上げ種(ライサワー、サワードウ)が完成します。ライ麦が小麦粉と大きく違っているのは、ライ麦タンパクはグルテンを形成しないことです。ライ麦粉の主要タンパクは水溶性・塩溶性のアルブミングロブリン、アルコール可溶性のプロラミンとアルカリ可溶性のグルテリン(小麦ではグルテニン)で占められます。したがって、ライ麦粉だけのパン生地の場合は生地内のガス保持力の欠損となり、パンのボリュームに欠けます。ところが、ライ麦中のペントサンという、五炭糖のペントースで構成される高分子ポリマーがゲル化することで生地の形状が保たれます。グルテンなしに初種の形状が維持できるのは、ペントサンの物性のおかげです。

どの分野でもあることでしょうけど、工業製品と自家製品の間にはトレードオフがあります。工業化により製造時間の短縮と量産化が可能になる一方で、パンの風味や香味が画一化、均一化します。商品の区別化・差別化が難しくなります。食品においては特に、店オリジナルの味や新鮮さが付加価値になるので、工業パンの独占というわけにはいきません。特に、ゆとりのある社会では、ニーズが多様になります。そこで、21世紀に入り、パン業界でもイノベーションが起こりました。液体培養種の技術開発、発酵種の乾燥技術の進化、ドライフルーツやドライベジタブルの菌体源の再利用といった技術革新によるところが大きいとされます。伝統的自家製パン種のみを使った方法、工業用イーストと発酵種を併用する方法、工業的に製造したパンに発酵種で風味調味料として使用する方法があります。

料理上手は、科学実験も得意でしょうか。料理は経験則によるところが大きいと思います。実験も経験則によるところもありますが、法則性を導き出して、再現性を高めないといけないので、素材や環境の影響を受けて、データにブレが生じると科学とは言えないかもしれません。料理は、旬の素材を活かし、食べる人の好みを配慮し、おもてなしの精神も必要になるので、いつでも誰に対しても、変わらぬ味を一定の水準で担保しながらも、プラスアルファで一期一会的なものを加えるのが好まれるかもしれません。しかし、食品の中でも、パンは比較的サイエンスや工業化と相性のいい製品かもしれません。ユニバーサルなフードでありながら、味や風味、形や食感、原料や副原料などで、付加価値の高められる食物かもしれません。

 

 
 
 
 
 
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