郵政崩壊とTPP / 東谷暁(2012年)

郵政崩壊とTPP (文春新書)


★本書では、アメリカが主導しているTPPとは、関税の完全撤廃を目指すだけでなく、多国間の経済制度に見られる違い<非関税障壁>を最小限にしようという、大胆な主張をかかげる地域経済協定の側面から評価されています。もともとシンガポール、ニュージランド、チリ、ブルネイといった経済小国同士が、関税を撤廃して、グローバル化の時代をなんとか乗り切ろうというささやかな経済協定でした。しかし、2008年にアメリカが参加を表明して以来、その中心が「金融」と「投資」と性格が変わっていきました。TPPは農業だけにとどまらず、金融(保険)、投資、食料、医療、労働などをカバーするものであり、農業については農産物だけでなく農地の売買や共済も問題になってくると分析する学者もいます。簡保市場の開放を完遂させると同時に、金融を含むサービスの輸出と投資ルールのアメリカ化を実現させる絶好のチャンスであるとのことです。


米韓FTAにより韓国郵政の保険部門は「拉致」されたと表現されています。アメリカへFTA締結後、韓国郵政に対して、「商品の変更」や「新商品の販売」についてかなり細かく制限をしていった。結果的には、米韓FTAは、韓国の対米輸出を拡大したわけでないので、アメリカ優位の不平等条約であるとの見方も強まっています。日本のTPP参加も米韓FTPの同じ轍を踏むという懸念もなされています。


80年代のアメリカは国内でも急速に金融の自由化が行われましたが、巨大な銀行が次々に破綻し、逆に日本の銀行の進出し上位を占めるようになりました。しかし、日本のバブルが崩壊して株価が下がり、後退しました。アメリカ金融界は混乱から回復するなかで、旧来の融資中心である商業銀行から投資中心の投資銀行にシフトしました。保険会社も多くの消費者向け商品を揃えるとともに、金融派生商品デリバティブ)の販売を行うようになりました。小泉政権郵政民営化をバックアップしたのはアメリ保険業界であり、その狙いは郵政の簡保市場の開放でした。そしていま、TPPにおいても、中断していた簡保の完全民営化を推進することが明らかになりました。アメリカにとって、小泉時代郵政民営化とTPPというのは同一延長線上にあるということです。郵政の簡保の完全民営化とならんで、JA共済の市場開放が、TPPに賭ける狙いです。オバマ大統領はタテマエとして保護主義を批判しているが、決して自由貿易を推進しているわけでもありません。むしろFTAとTPPを推進しています。ただ、TPPの推進が、必ずしもアメリカ国内の雇用の創出に繋がるとも限りません。


小泉の郵政民営化以来、郵政グループは多くの矛盾を強いられています。郵貯簡保との残高の目減りは食い止めることができるのでしょうか。おそらく、アメリカは郵貯簡保の株式売却という意味では民営化には賛成するでしょうけど、新しい事業の開始については難色を示す可能性が高いです。もし、郵便事業への赤字補填のため、金融の収益を投入することは国民の理解が得られるのでしょうか。ユニバーサル・サービス(「地域による分け隔て」のない便益の提供義務)を抱えた郵便事業と矛盾を生じさせるかもしれません。さらには、たとえ自由度が高くなったとしても、これから郵貯簡保は本当に積極的に資金を運用してビジネスを拡大させていけるのでしょうか。自由な投資を可能とするために、郵貯簡保の資金が日本国債保有を減少させて、他の投資先へと向かうことにより、日本国債が暴落する可能性もあります。


筆者は、日本郵政グループは公共性の高い事業体として位置づけられるべきだと考えています。金融二者は政府による持ち株ではなく公的な持ち株機関を間にいれることで、政府による支配と保証という批判をさけられると指摘しています。アメリカによるグローバル化は利己的なものであるのでなんとか絶え凌ぐ必要があり、日本郵政グループは国民的視野に立ち、国民的資産である郵政ネットワーク(地域性、公益性)を維持に努めることが懸命と考えています。