Study: モクシャ (mokṣa)

モクシャ(mokṣa), ムクティ (mukti)「解脱」「解放」

インド思想の主潮流では、苦しみに満ちた輪廻からきっぱりと解き放たれて、二度と生存世界に立ち戻らない状態に達することをいう。あらゆる欲望が消滅する点では、煩悩の束縛から解き放たれた涅槃(悟り)と同義である。

『マヌ法典』〔前200頃-後200頃〕や叙事詩成立ん時代〔4世紀〕にはすでに、一生涯の目的として世俗的三大価値、ダルマ(法)・アルタ(利)・カーマ(愛)とともに、出家の最高価値として<解脱>が社会的コンセンサスを得るようになる。

正統派バラモン哲学諸学派(ヴェーダーンタサーンキヤ、ヨーガ、ニヤーヤ、ヴァイシェーカ)の正しい知の獲得による解脱、ミーマーンサー学派の祭事行為の果報による解脱、最高神を観想しかつ祭事を執り行う知行併合による出家の解脱のみならず、神へのひたすらな信仰(バクティ bhakti)、絶対的帰依(プラパッティ prapatti)、本務(スヴァダルマ svadharma)に邁進することによる在家のための解脱と救済がヒンドゥー諸宗教で説かれる。解脱後の布教、救済活動などの社会的貢献の重視、自らの解脱の完成を、他の生きとし生けるもの全体の解脱を見届けるまではお預けにするという利他的なサルヴァムクティの考え方も登場するにいたった。

岩波 哲学・思想事典. 1998. pp.432r-433r