Books: シュピリ『アルプスの少女ハイジ』/ 松永美穂

 

アルプスの少女ハイジ』は、作者シュピリ自身もそうであったように、社会の中で傷つき、心や体を病んだ人たちの、治癒と回復の物語として読むこともできる、と解説されています。

アルプスの少女ハイジ』では、ルター派の内部で起こった敬虔主義に傾倒していた母の影響を受けたシュピリが、新約聖書の「ルカによる福音書」に収められている「放蕩息子のたとえ」を物語の中に挿入しています。物語では、ハイジがアルプスでの暮らしやおじいさんやペーターを懐かしむこと、傭兵時代にいろんなものを失ったおじいさんと故郷のアルプスやその集落の人々の関係として描かれています。実はそれらは、個人と神の関係のメタファーにもなっているのかもしれません。教義よりも個人の内面的な信仰を重要視したのが敬虔主義ですが、形式だけを踏襲するのではなく、個人の心のあり方が変わる(回心)ことや切れてしまった関係が再び繋がること(あるいは実は繋がっていることに気がつく)をシュピリは読者に伝えようとしたのかもしれません。

私も文学の魅力は、この辺にあるように思います。登場人物たちの人生の変化により、自分自身の内面や過去を見つめるきっかけになったり、読む進めるうちに知らず知らずの内にカタルシスが起こるところです。