Music:  Somewhere / Keith Jarrett (2013)

ピアニストのキース・ジャレットは、2018年2月と5月に2度の脳卒中を起こし、左半身が麻痺しました。そのため、音楽活動の復帰が困難な状況にあることを米『ニューヨークタイムズ』紙が報じています。1996年にも、慢性疲労症候群のため、活動を休止するとの報告がありました。

キース・ジャレットの現在発表されているアルバムで最新のものは、ソロとしては、「Munich」(2016年7月16日ドイツ・ミュンヘン)、スタンダード・トリオとしては、「Somewhere」(2009年7月11日スイス・ルツェルン)です。

ゲイリー・ピーコック(Gary Peacock)とジャック・ディジョネットJack DeJohnette)とのトリオ(スタンダード・トリオ)としての最終のライブは、音源は公式には発表されていませんが、ニュージャージー州のアートセンターで行われた2014年11月30日の公演です。アンコールでラストを飾ったのは、セロニアス・モンクThelonious Monk)作曲の"Straight, No Chaser"でした。残念ながら、ゲイリー・ピーコックが2020年9月に亡くなります。

キース・ジャレットのように精力的に活動する(してきた)ジャズ・ミュージシャンの場合、スタジオ・アルバムもさることながら、ライブアルバムや、コラボ作品など、無数といえるほど作品がリリースされるため、フォローするだけでも大変です。しかし、Spotifyを契約してから、昔のように音源が聴けない、すぐに手に入らないということもかなり減りました。

トリオでの作品は、2009年にリリースされた『イエスタデイズ~東京 2001』以来約4年振り。アルバム『アップ・フォー・イット』に収録された2002年7月のフランスでのパフォーマンス以降10年間の演奏は音源として現在まで作品化されることがなく、“空白の10年間”といわれファンから待ち望まれてきました。

私は、ジャズの理論のことは詳しくはわかりませんが、ポップスやロックと違い、「名曲あり」というより「名演あり」でしょうか。その時その場限りの一回性の演奏に重きを置いているのがわかります。ただし、厳密な意味で完全な一回性かというと、そうとも言えないです。演奏側は、盛り上げ方を熟知しているからです。キース・ジャレットの演奏の様子を動画で見ると、文字通り「自己陶酔」する演奏スタイルに、いつのまにか聴衆も陶酔の一員となっていきます。美しい自己陶酔です。どちらかと言えば、「一回性」の要素の強い「ソロ」では綺麗なメロディを聴かせてくれる一方、「トリオ」には「多回性」の要素が強く、演奏者同士の相互のやりとりによる「熱いノリ」が生成され、これぞジャズという盛り上がりが楽しめます。ピアノではミスタッチをあえて行っているのか、濁った音がアクセントとして散りばめられます。ピアノはメロディを奏でるだけでなく、打楽器としての一面を楽しめます。ドラムの小刻みなリズムとベースの元気に歩くようなリズムにのり、ピアノが軽く弾むようにメロディを展開します。かつてはジャズは尖った音楽であった時代がありました。その時代に比べると、もしかすればずいぶん丸くなったのかもしれません。

村上春樹がかつて経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」には、「チック・コリア、ダラー・ブランド、キース等は一枚もな(い)」かったようです。「50年代のものがほとんど。ゲッツ、マリガンが好きです。」と言い切っていたということです。50年代からすれば、キース・ジャレットチック・コリアは、新しい潮流に入ります。キース・ジャレットも、1983年の当初は「スタンダード・トリオ」を企画的にやってみた程度だろうと思いますが、結果的に25年以上も続きました。

ジャズ愛好家は、こだわりの強い人が多いので、それが初心者のハードルを上げているかもしれませんが、まずは楽しいというのが大切ではないでしょうか。