Books: 100de名著 シャーロック・ホームズ スペシャル / 廣野由美子(2023)

 

シャーロック・ホームズの魅力の理由は色々あると思いますが、作者のコナン・ドイルは、自分と正反対の人物としてシャーロック・ホームズを描き、自分自身は、むしろワトソン博士に重ねて描いたこともその一つでしょう。職場や身近な人に「変わった人」がいたら、人間というのは何かと、その人のことを噂してしまうものです。その噂話やエピソードは、決して悪口というレベルではなく、どこかで愛情が込められていたり、時には羨望の眼差しや尊敬の念すらもあることもあります。「自分もああいうふうに生きられたら」「いやでも、結構、実は欠落もあるでしょう」「あんな人でも色々悩みはあるみたいですよ」「実は苦労してきたみたいですよ」という感じで。

シャーロック・ホームズは、当時、比較的平和だったロンドンの街にとっては、そういう「変わった人」の典型だったのではないでしょうか。もし、私が、感情や偏見というバイアスなく、物事や現象を冷徹な眼差しで分析できることができたら、もし周りの人間に振り回されることなく、「ゴーイングマイウェイ」で生きることができたら、興味のあることだけを仕事(趣味)にし、くだらない雑用をせずに生きていくことができたら、家事も部屋の掃除も誰かに任せて、自分は、部屋に引きこもって、好きな音楽を聴いて、好きな本を読んでいられたら、そういった憧れと羨ましさもあったりするのかもしれません。

しかし、そんな奇人変人の部類に入るシャーロックでも、自分なりの試練というのがあります。むしろ、その試練は本人が気がつかないとしても、次々に襲いかかってきます。難事件の解決が舞い込んできたり、モリアーティからの挑戦状です。

読者は自分とは違うタイプと思いながら、そんなシャーロックのことが気になります。この事件はどう解決されるんだろうと、新聞の連載を読み続けます。

難事件、怪事件は、問題が解決された後に、犯行の手口が暴かれていきます。些細なことを糸口にホームズは犯人を手繰り寄せていくわけですが、最後に反抗の動機が明かされます。その動機というのが、あまりに人間臭いものであることがほとんどです。ただし、モリアーティやアドラーについては、ホームズを凌駕するメンタリティを持っていますが。一般的な犯罪の動機の人間臭さにも、読者は自分の心のどこかにある闇の部分や欲望に気がつかさせられます。

ホームズは推理分析の物語である側面と、こういった人間の闇や欲望に焦点を当てる文学作品でもあるのです。先進国の一つであるイギリスでは科学技術が発展がめざましく、人々は大いにその分野にも興味があったでしょう。今で言えば、AIやロボティクスでしょうか。一方で、人間の欲深さというのは根深いものであり、科学技術が発展しても、人間らしさというのは人々は捨てられない。その心のひだのようなものを、ホームズという連載小説は、くすぐったり、時に癒してくれたり、昇華してくれたのかもしれません。

今でもホームズを始め推理小説やサスペンスドラマは人気がありますが、シャーロック・ホームズが原型になっているように思います。