法然を語る / 町田宗鳳(2009年)

法然を語る 上 (NHKシリーズ NHKこころの時代)


★よくよく考えてみると、自力本願の禅宗と他力本願の浄土宗、これら対極の思想が同じ仏教の中で共存していることは不思議なことなのかもしれません。本書著者は、ある時に、法然の教えには自力と他力をまたぐ性質があると直観し、その後研究を進めたと述べています。法然には、強烈なイメージ力があったことと、その思想の中には否定的記憶を消すという行為が根本にあったことが指摘されています。前者は現代の日本人に欠けているとされる「既存のものを超えた具体的なヴィジョンを描くこと」に繋がると考えられます。後者は、心理学の分野でしばしば説明される「”トラウマ”を消し去ること」に該当します。特にユング心理学ではトラウマというマイナスの心的エネルギーは、出生から現在までの体験の中で記憶される個人無意識と、世々代々にわたって体験される普遍無意識の双方に沈殿すると言われています。否定的エネルギーが強い場合は、精神的不安定や人格障害を引き起こす場合もあります。法然は、否定的記憶の中で最大の「死の恐怖」を消し去る上で、南無阿弥陀仏という六語を声に出して唱えることが最も有効な手段であると悟りました。


 本のタイトルこそ「法然を語る」ですが、ただそれだけではありません。もちろん法然を中心に描かれていることには間違いはありません。ただ、やはりひとつのことに集中して追及することは、同時に、禅宗と浄土宗、仏教とキリスト教法然親鸞といったように、さまざまな文脈同士を比較していくことにもなり得ることがわかります。決して、「あれか、これか」で悩むようなものではありません。かつての法然禅宗に対して痛烈な批判を行っており、逆もまた然りだったようです。いずれの宗派にかぎらず、宗祖の客観的批判を経ずして、報恩ということはありえないのかもしれません。このことは、他のことにもあてはまることでしょう。たとえ、工場で働いていても、家庭で家事をしていても。しかし、これを実践していくことこそが、非常に大変なことなのですが。