小澤征爾さんと、音楽について話をする / 小澤征爾・村上春樹(2011)

小澤征爾さんと、音楽について話をする


★なぜか自分の知り合いには、村上春樹が大好きな人と、大嫌いな人がいます。大好きだという人の人数は2名、大嫌いだという人も2名。


ファンだという人の意見を聞いていると、ああいう世界に憧れを抱いているように見えてきます。一方、大嫌いだと言っている人のひとりは、主人公の極端なナルシシズムが嫌だと言っていたように思います。


自分はどちらなんだろうかと悩みますが、これだけ本を読んでいるのだから好きな部類に入るのでしょうか。正直な感想としては、春樹の小説を読んでいると、「自分」がとても楽になる気がします。春樹の小説には、いわゆる凡人が抱えるような「生老病死」に対する恐れや悩みが感じられないのです。義理人情によるしがらみも、男女間のドロドロしたものも、大切なものを失ったり、奪われたり、嫉妬に苦しんだり、自分の無力さに失望したり、そういった日常的な苦しみを抱えた人生とは一線を画するところで物語が進んでいるように思えるのです。そんな人生だったら、いいのになって思うときもあります。でも、それは現実として可能でしょうか。おそらく作者本人も多かれ少なかれ、そのような人生に対するスタンスなのかなと勝手に想像しています。


村上春樹は、ジャズしか知らない」と言っていた人がいるけど、本書を読めばそれは間違いであるのがわかります。小澤征爾さんもびっくりするくらいの聴きこみをしているのがわかります。しかも、理論派というよりかなり感性で聞いているように見受けられます。


どの音楽家に対しても、ある程度の距離をおいて向かい合っているように思います。下手に、憧れたり、競争心を燃やしたりしていないところが、すごいです。春樹は、ニーチェがワグナーに抱いた強烈な嫉妬心や、マーラーが取り憑かれた「死」への畏れや、母が病床に伏している逆境の中を、底抜けに明るい交響曲第31番(パリ)として昇華させるようなモーツァルトの底力にような世界とは別の世界に生きているようにも思いました。「取り乱す部分がない」、と言えばいいのでしょうか。


本書の後半部分のインタビューでは、グスタフ・マーラーが話題の中心になります。マーラーの音楽はずっと先をいっていたと言われますが、小澤さんとの会話でもその解釈をめぐっていろいろな意見が出てきます。このあたりが本書の読みどころかなって思います。小澤ファンも村上ファンも、アンチ村上の人も楽しめる内容かもって思います。