インド現代史―独立50年を検証する / 賀来弓月(1998年)

インド現代史―独立50年を検証する (中公新書)


★著者は、「宗教の問題」を分析するときには、その神学的側面(宗教教義)と政治社会学的な側面を区別することが大切である。いかなる宗教の信者も指導者も、一部は、政治的な野心をもっていて、それを満たすために、宗教を利用しようとするからである、と述べます。


世俗主義(Secularismー超宗教主義)は、インド憲法の最も重要な大原則です。世界で最も宗教的な国において、世俗主義を実践しなければならないという考え方です。それは、インドにおいては、宗教を個人の私的な問題として公的生活から排除するということ、いかなる宗教にも支配的な地位をもたせないこと、いかなる宗教も他の宗教の信者に不安感をもたせないことを意味します。その一方で、コミュナリズムが世俗主義を浸食する可能性も述べられています。本書ではコミュナリズムという用語を、宗教コミュナリズム(宗教が政治に利用される現象)の意味で使われ、カーストを基礎とするコミュナリズムを「カースト主義」と呼んでいます。宗教コミュナリズムというものが独自の展開論理をもち、制御されないかぎり、それぞれの宗教コミュニズムが、相互に受容的で両立可能な状態から、相互に敵対的で両立不可能な状態へと遷移が進んでしまう可能性も指摘されています。コミュナリズムは、古代と中世のイデオロギー的要素をふんだんに借用していますが、現在の政治的なニーズを表現するために、現代のイデオロギーにすぎないとされます。


1980年代以降、インドの世俗主義は、意識的に煽動される排他的なヒンズー教感情(ヒンズツバ)によって、重大な挑戦を受けます。ヒンズツバ運動は、コミュナリズム、ナショナリズム、宗教的復古主義原理主義の渾然一体として運動です。RSS(民族義勇団)、インド人民党、そしてヒンドゥーナショナリスト全般に反ムスリムの色彩がさらに強くなっていき、政教分離世俗主義ムスリムとの融和を方針とする国民会議派との溝も次第に深まっていきました。


インドでは、多数派のヒンズー教徒と少数派のムスリムの間の相互パーセプション(認識)は、インドの政治、社会、文化、経済、宗教のあらゆる生活面で非常に重要な要素です。インド国民国家の中に共生するムスリムヒンズー教徒の間には友愛があり、互いに寛容です。


政治的対立が「宗教対立」を生むのであって、「宗教的対立」が政治的対立を生むのではない。対立と敵対が醸成される原因は宗教よりも、利害の方が多いと、著者は本書中で数度に渡り言葉をかえて強調しています。紛争多発型のインド社会を理解する場合、「宗教問題」と「宗教紛争」を観察するときには、その根っこに何があるかを厳しき見極める必要があると述べられています。