Books: 日本人の足を速くする / 為末大 (2007)

 

 

2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会の男子400mハードルにおいて、世界陸上選手権の2大会で銅メダルを獲得した、侍ハードラー為末大さんの著作です。

自分も中学時代に陸上部で110mハードルをしていたので少し親近感がありキンドル版で購入しました。

最近では、アスリートでも大学院に進学し博士号を取得したり、医学の道に進んだり、スポーツコメンテイテイターや文筆活動を行ったりする。いわゆるインテリアスリートが目立ちますね。運動ができる人は、地頭もいいのでしょう。為末氏も文武両道タイプで、こんなに文章が上手なアスリートがおられるのだと知り、Noteの文章も勉強のため読んでいます。

本書中に、「ハードルを直感で選んでよかったこと。そして、ハードラーにはインテリが多く、引退後はスポーツの世界から離れて、医師や弁護士、学者などさまざまな職業で活躍している」というくだりがあり、自分も自尊心をくすぐられました。

本書で面白いのは、スポーツの分野でも欧米かぶれがあったようで、黄色人種が、欧米の白人・黒人選手の真似をすることが、身体的な差異により無謀な挑戦となってしまう指摘があったことです。日本人には日本人の骨格や筋肉のつき方があり、アフリカ系アメリカ人には特有身体的特徴があり、それはしばしば正反対であったりするようです。しかし、日本人のすべてがディスアドバンテージかというとそうではなく、為末氏がメダルの獲得で示したように、日本人らしさを活かすことも勝利の秘訣であることが記されています。例えば、長い年月をかけて育まれてきた日本古来の武術である剣道や柔道、また相撲の動きからヒントを得ることもしてきたということです。

一方で、メンタル面では、日本人らしさ、ひいては農耕民族らしさをできる限り否定しながらやってきたようです。例えば、試合前・試合中に冷静になる(ことはよくなかったとされます。勝利を得た選手は大抵、試合中のことを覚えておらず、それはあれこれ考えていない証拠だからだそうです。考えること、心配することで脳を使い、筋肉への酸素がロスすることも関係しています。「勝負というのは、いざという時に何かを気にしたり躊躇したりするというのが、大きく足を引っ張ります。なりふり構わない状態にならなければならないのです」は名言です。いわばトランス状態(ゾーンに入る)のような精神状態がよいようです。確かに、どのスポーツでも強い選手のプレイをテレビでみていると、鬼気迫る表情であったり、自分に酔いしれているかのような試合前の言動であったりするのを目にするので、そうなのかもしれません。見ている側は、お茶の間であれこれ考えているだけなので。

為末氏も、自己(この場合は、日本人のフィジカルな面とメンタルな面)をしっかり見つめ直し、否定すべきところは否定し、活かすべきところは活かし切ったという意味で、とても偉大なことを成し遂げた方だと思います。自己をしっかり見つめたことを、今こうやって文章にされていることも次世代への励みになることでしょう。