進化から見た病気ー「ダーウィン医学」のすすめ / 栃内新(2009年)

進化から見た病気―「ダーウィン医学」のすすめ (ブルーバックス)


ダーウィン医学というのは、人の病気の意味を進化の視点から解き明かそうとする生物学のことです。我々が病気がだと思っているさまざまな症状や疾患のうち、あるものは身体の大切な防衛反応であったり、あるものは文明や文化が原因となって引き起こされています。


200〜300年前までのヒトは、ほかの動物同様に慢性的な飢餓状態でした。逆の言い方をすれば、現在の人類は食料不足の状態に生き残ったヒトの子孫であり、そういった厳しい環境に適応したと言えます。ところが、文明や文化の発展とともに、食生活が大きく変わりました。進化の過程で、ヒトは、糖分、塩分、脂肪を好むような性質を獲得したと言われます。なぜなら慢性的な飢餓状態で生き延びるためには、少量で効率よくエネルギーに変えられる食物を得た個体のほうが生存には有利だったからです。ただ近現代に入って食料が十分に得られる環境に変わると、その性質が裏目に出ます。すなわち生活習慣病に悩まされる事になります。中毒性の高い、アルコールやタバコに関しては、まずアルコールは糖を分解したときに出る揮発性の匂いが、人間も含め動物・昆虫類一般を引き寄せる事がしられています。タバコに関しては、依存症に関係している特定の遺伝子領域が発見されています。いずれの嗜好品も、遺伝的な条件によって中毒が引き起こされているのではなく、ストレスの多い現代の社会も大きな要因となっており、「複合的文明病」とも言われます。うつ病というのも、進化的な意味があり、冬季が生じる高緯度地方では、活動性を低下させて、環境が好転するまでじっとしているのうが、悪環境で体力を消耗するよりも、適応的だったからと説明されています。このようにどんな病気にも、進化的な意味が背景にあるのかもしれません。さらには、ヒトは他の動物に比べて、生殖能力が失われてからも生きながらえる年数が多いのですが、これにも進化的な意味があるようです。すなわち、祖母も含めた大家族で子育てをすると、父親・母親だけの場合とは孫の生存率が高くなるという現象が報告されています。簡単にいうと、おばあさんが同居している家族の方が、孫が死亡しにくいということです。


個人的な感想としては、「科学」はとても重要な視点をもたらしてくれると思いました。生物学には大きく分けて「いかに?」「なぜ?」の2つの視点があります。進化的意味を探るのは、「なぜ?」です。


他の文献では、生活習慣病である、高血圧に関係した遺伝子領域が発見されていて、その遺伝子の頻度に関しては、日本人やアフリカやアメリカにいる黒人が高いのに対して、白人は低いことが報告されています。これは、少量の食塩の摂取量でも、血圧を高く保てるという性質があります。食塩が少ない環境では、有利に働きますが、食塩が豊富に得た場合には必要以上に血圧が高くなってしまいます。ちなみに、ゴリラとかチンパンジーとかオランウータンではすべてこの遺伝子の頻度が高いこともわかっています。


食料が豊富な環境に変わってからまだ200〜300年しかたっておらず、まだかならずしもすべてのヒトが豊富な食料にありつけているわけではありませんが、環境の変化(飽食状態)に人類は適応してきれているとは言い難いです。欧米人の成人の間では乳糖を分解できる遺伝子が発現しているという事例もありますが、ヒトの進化が文明に追いついているとはやはり言い難いです。科学技術に頼りすぎず、あまり無理をせずある程度は身体から発せられる信号を大切にできればと思います。