Books: サムスンの経営は「孫子の兵法だ」/ 武木田義祐 (2021)

 

 

著者は理工系大学院のご出身で、長年、日本電気NEC)に勤めた後、コニカミノルタに転職。大学の講師も勤めた後、韓国大手サムスン電子に7年勤務し、現在、国内外の企業コンサルティングに携わっておられます。本書は、サムスン電子での5年間の韓国本社勤務(研修も含む)と、2年間の日本での顧問に経験をもとに、サムスン全盛ではなくなった今だからこそ、冷静に分析を行い、孫子の兵法を鑑みながら、その経営戦略とは一体何であったかを論じています。著者は、エンジニアであり大手企業の管理職の経験もありながら、生物学や複雑系科学、さらに老荘思想にまで幅広く示唆を求め、これからの経済や世界情勢の特徴、そして日本のモノづくりについて考察しています。

日本人が目を背けたい現実、すなわち韓国、中国企業のサクセスストーリーに、目を背けずに、冷徹なマインドを持ってして分析したことは、とても忍耐のいる作業だったと思います。そこには、日本の古巣への遺憾の念もあったかも知れません。自己(この場合は、自国企業の経営戦略や体質)を分析し、成功者と比較し、自己を批判的にみつめることは、どの分野でも誰にとっても、とても勇気と忍耐のいる行為と思いました。「ものづくりの国ニッポン」が衰退しているのは、本当に残念なことです。部品(パーツ)は世界最高級品質のものを作れても、Appleのようにトータルで素晴らしい製品をなぜ作り出せなかったのか、考えてみたいです。

また、盛者必衰の世の中、サムスンの経営や戦略にも陰りが見えました。そこに、今後の日本企業の行く末も重ね合わせています。リーダーの在り方と市場の捉え方にその示唆を求めます。よきリーダーとは、部下に、倫理観や、個人の自由、自律を促し、挑戦して失敗しても、それをいさめることなく、さらなる挑戦をうながす者、と教示する孫子の思想。一方、市場は複雑系であり、予測は当たらない、その解決には「洞察力」に頼ることで打開策はあり得ること。創造性には定型的な方法論はなく、自己組織化するような知力から生まれる挑戦によって育まれることを読み取っています。

孫子は非戦の思想とも言われます。個人的には、ヨガのアヒンサー(非暴力)にも通じるものと興味を持ちました。戦争ばかりの中国の歴史において、孔子老子荘子孫子のように、徳を重んじ、非戦を解くのは、それなりの心の成熟がなければできなかったことだったと思います。