Books:  呼吸の科学 いのちを支える驚きのメカニズム / 石田浩司(2021)

 

ヨガと呼吸のことが書いてあったので、読みました。本書を読む限りでは、ヨガの世界で一般的に言われていることについてまだ科学では証明できていないことが多いような印象を受けました。例えば、「腹式呼吸は副交感神経が、胸式呼吸は交感神経が働く」については、腹式・胸式は自律神経とは直接関係がなく、生理学的には正しくないことが言及されています。また、「片鼻呼吸で、右の鼻呼吸では交感神経(アクティヴ・モードの神経)が優位に働き、左脳と連動しており、左の鼻呼吸では副交感神経(リラックス・モードの神経)の活性を強め、右脳と連動している。」というのは、ヨガの世界では常識になっているほどですが、こういった関係性については言及すらありませんでした。

ヨガ式呼吸(専門的には、プラーナヤーマと呼ばれる)が健康には寄与しないという意味ではありません。ヨガ熟練者は、長距離選手同様に、非経験者と比べ、通常の安静状態でもゆっくり大きめの効率のいい呼吸(1回換気量が多い)ができることがわかっています。古典的ヨガで重視されていたのは瞑想による精神統一、不動心、悟りでしたが、現代のエクササイズ系ヨガでは、瞑想はあまり行われていません。確かに、そうです。マインドフルネス(今ここに集中している心のあり方)という言葉がよく使われるようになりました。仏教の由来する瞑想により、マインドフルネスに持っていくことができます。学術的にもマインドフルネスがストレスを軽減し、認知症や精神的疾患、心血管系疾患など様々な疾患に効果があるとするエビデンスが蓄積されています。瞑想は呼吸法と密接に関係しており、鼻からのゆっくりと行う腹式呼吸が基本です。本書では、ヨガは心身をある程度健康にしてくれるが、病気には現代医療との併用が必要としています。運動強度の大きなポーズが多いほど、ダイエットには効果があるようです。

呼吸の役割には、2つあり、1つ目は、外界と肺との間で空気を出入りさせる換気です。吸気と呼気から成ります。1回の呼吸で口や鼻から入った空気量を「一回換気量」といいます。2つ目は、肺胞と毛細血管との間で酸素や二酸化炭素をやり取りするガス交換です。

呼吸は様々な影響を受けながら、体に破綻がないように、巧妙に調整されています。呼吸器官にある様々な受容器(センサー)からの感覚性入力が呼吸中枢に伝わり、呼吸にリズム変化を与えます。また、代謝状態を感知するセンサーも、呼吸調整において非常に重要な働きをしています。

人間の身体には、ネガティブ・フィードバック制御という機構が備わっており、運動などで酸素が必要になった時(=二酸化炭素の排出が必要な時)には、血液中の酸素の濃度(分圧)および二酸化炭素の濃度(分圧)を検知するための2種類の化学センサーが働きます。2つのセンサーとは、中枢化学受容器と末梢化学受容器です。

呼吸のリズムは、二酸化炭素の感受性など様々な影響を受けながら、呼吸中枢で自動的に形成されています。意識的に(随意で)呼吸を調整することと、呼吸中枢による呼吸調整は独立しています。

ただし、これらの化学感受性はトレーニングで変えることが可能(化学感受性の低下)で、それにともなって呼吸リズムも変わる可能性もあります。低炭素および高二酸化炭素の状態に対する化学感受性が鈍くなるようトレーニングすることで、不付随呼吸(意識しない普段の呼吸)が変化するということです。

PubMedで、pranayamaやyogic breathingで検索してみると、決して少なくない数の論文がヒットします。その中には、「ヨガ式呼吸の片鼻呼吸(nadi shuddi)により、交感神経・副交感神経の優位性が切り替わること」や「重度の精神的疾患の回復に寄与した」と言及している論文も確かにあります。インド人の医師や研究者による研究が多いですが。プラーナヤーマにも、様々な呼吸法があるので、適切に習得できれば、交感神経・副交感神経のバランスを意識的に変えることもできるかもしれません。

健康のために実践すべき第一選択肢は、「運動」です。運動することで、交感神経が興奮しますが、それは一過性のもので、運動後は副交感神経が一斉に強く働き、呼吸法と同じように体を休めます。

ヒトは一般的に呼吸をしなければ10分も生きられない反面、効率性の高い呼吸法へと劇的に短時間で変える方法もなさそうです。呼吸は当たり前の行為だけに、統御をマスターするにはそれなりの修練が必要そうです。