Study: 古代インドの神話的叙事詩「マハーバーラタ」に関する個人的覚書き

マハーバーラタについて

古代インドの神話的一大叙事詩マハーバーラタ」。叡智の集大成。その作者は聖仙ヴィヤーサとされているが、実際は紀元前4世紀から紀元後4世紀の間に、次第に形作られたものと推測されている。その主題はバラタ族の王位継承問題に端を発した大戦争。登場人物は非常に多いが、まずはパーンダヴァ家とカウラヴァ家の対立として捉えるとわかりやすい。従兄弟間での確執が、一族の長老、バラモン、英雄たちに波及し、周辺の国々をも巻き込んで、やがてはクルの野(クルクシェートラ)で18日間にもわたって行われる大戦争に至る。

 

神々

ダルマ、ヴァーユ、インドラはバラモン教(ヴェーダ)の神々であり、ヒンドゥ教がインド亜大陸に広まるに従って、土着の神々を取り込んでいき、民衆が読めるような物語が必要になった。その一つがマハーバーラタであるが、アーリア人由来のバラモン教からインドの民衆へと降下するような引き継ぎの物語としてもとらることができる。クンティ王妃やマードリ王妃が神々の子を授かったのはこういった降下を象徴しているのかもしれない。

維持神ヴィシュヌ(物語中ではナーラーヤナと呼ばれる)の化身としてクリシュナ、破壊神シヴァの象徴として、アシュヴァッターマンがいる。アシュヴァッターマンはパーンダヴァ5兄弟以外の戦士を絶滅させた。創造神ブラフマーの化身はいないが、ブラフマーは神々と悪魔両方の祖父であるし、乳海攪拌の際にヴィシュヌに命令に従い尽力する。また、ヴィヤーサとブラフマンの共通点を指摘する研究もある。

なお、神話中では、維持神ヴィシュヌのことを、ナーラーヤナあるいは(シュリ・)ハリと呼ぶことが多い。ナーラーヤナの語源は、ナラ=水、アヤナ=住処という意味である。ヴィシュヌの最大の特徴は、化身「アヴァターラ」を多く持ち、それによって生き物たちを救うことにある。また、マーヤー(不可思議な魔力)が操る。マーヤーは、元々は天空の至高神ヴァルナが得意とするものであった。「バガヴァッド・ギーター」の一節には、ヴィシュヌのマーヤーは宇宙的な意味を持つことが記される。彼は、マーヤーによって世界を創り、マーヤーによってそれを維持し、最後にマーヤーによってそれを破壊する。一方、アスラにも簡易なマーヤーが使える者もいる。

戦記物という意味では、三国志演義は裏切りの多い物語。インドの神話でも裏切りはあるが、必ずカルマとして、返ってくることが説かれている。

 

パーンダヴァ五王子

パーンダヴァ家には、パーンドゥ王の5人の王子があり、長男ユディシュティラ、次男ビーマ、三男アルジュナ、四男ナクラ、五男サハーデヴァ。それぞれ、法の神ダルマ、風神ヴァーユ、神々の王インドラ、双子神アシュヴァンの子である。

パーンドゥ王の第一の王妃クンティは、それぞれダルマ、ヴァーユ、インドラという神々から授かった後、パーンドゥ王はなおも、息子を望み、クンティーにさらに他の神を呼び出すよう求めた。しかし、クンティーは断った。その後、第二の王妃マードリーは、パーンドゥ王に願って、クンティの神を呼び出す呪文を一度だけ使った。一度の呪文なので、双子の神アシュヴイン双神を呼び出し、双生児ナクラとサハデーヴァをもうけた。後に、呪いによって死去したパーンドゥの後を追って火葬の薪に登って死んだ。残された王妃クンティがこれら5人の王子を養育することになった。ちなみに、クンティーは、クリシュナの叔母にあたる。

なぜパーンダヴァ5兄弟の父パーンドゥが死去したのかというと、以前に鹿に変身した聖仙を矢で射たことによって呪われ、女性と交わった瞬間に死ぬ運命を抱いていたため、第一王妃、第二王妃には神々により子どもを得たが、最終的にはマードリーと交わって命を落としたのである。

太陽神スーリャの子カルナという弓の名人がおり、カウラヴァの司令官がいる。カウラヴァの戦士であるが、実はパンダヴァの実質の長男。クンティまだ娘だった頃、好奇心に駆られて、太陽神に願って子を授かった。しかし、クンティは結婚前の娘出会ったので、その子を河に流した。カルナはこのことを戦争前に知り、恥じた。そこにカウラヴァ軍の大将ドゥルヨーダナが現れ、自軍に引き入れる。クンティは引き止めたが、カルナは弓術の憧れであったアルジュナとの決闘を申し入れる。

5兄弟はそれぞれに、試練を受ける。それぞれ、違う神の子であるが、長男は正義(ダルマ)の子であるので、一番誠実。しかしサイコロの賭博が好きで、敵にはめられてしまう。賢者ヴィドゥラは止めるのだが。それが原因で5兄弟は国外追放される。

ラーマーヤナ」で有名な猿神ハヌマーンも風神ヴァーユの子で、パーンダヴァ5兄弟の次男ビーマと兄弟であり、ビーマは森で兄神ハヌマーンと出会うことになる。

パーンダヴァ三男アルジュナは雷神インドラの子で、聖典「バガヴァッド・ギーター」でもわかるが、神々の試練の攻略や人間的葛藤を抱えながら、生き抜く。

 

三男アルジュナの妻ドラウパディーとスバドラー

三男アルジュナに生涯で何人かの配偶者がいたことは不思議である。ドラウパディは霊性の配偶者ということだろうか。アルジュナは妻ドラウパディーをめぐる兄弟間の協約に違反したため、追放された。追放期間中、祭に参加し、出会ったスバドラーに一目惚れする。スバドラーはクリシュナの妹であるためか、彼女との結婚について義兄になるかもしれない、クリシュナに相談してみると、相談を受けたクリシュナは、勇猛な王族の男性にとっては力ずくで奪うべきであると助言し、アルジュナは実行する。追放期間が終わり、スバドラーを伴って帰国したアルジュナに対して、ドラウパディーは不満を漏らした。そこでアルジュナはドラウパディーに何度も許しを請い、スバドラーに牛飼女の格好をさせて王宮に行かせた。

スバドラーはドラウパディーとクンティーに挨拶して「私は召使いの女です」と言った。ドラウパディーは喜んで彼女を抱き締め、「アルジュナが別の妻を持ちませんように」と言った。その後、スバドラーはアルジュナの息子アビマニユを生んだ。アビマンユは、後に、ウッタラーと結婚し、パリクシットが生まれる。アビマニユはソーマ神(月の神チャンドラと同一視)の息子ヴァルチャの化身とされている。

 

カウラヴァ百王子

カウラヴァ家は、ドリタラーシュトラ王の100人の王子がいる。ドゥルヨーダナが長男であり、アスラの化身として誕生した。

カウラヴァ100王子の長男ドゥルヨーダナが諸悪の根源としてみると話はわかりやすくなる。彼は嫉妬も強く、劣等感も強い。アスラのカリを象徴している。彼の父は盲目のドリタラーシュトラで、盲目のため王位にはつけず、弟のパーンダヴァに譲る。でも弟のパーンダゥが死に、王位につく。息子のドゥルヨーダナを溺愛し、王位をつかせたく、悪事も黙認する。父のカルマが息子に反映されているのだろうか。

 

ドラウパディの二面性

ドゥルヨーダナを諸悪の根源として考えるのは表向きの解釈かもしれない。深読みをすると、パーンダヴァ5兄弟の共通の妻であるドラウパディが、戦争のきっかけになった。サイコロ賭博の際に、パーンダヴァ5兄弟の前で、ドラウパディにより衣服を剥げ取られそうになり、辱められた。しかし、いくら衣服を剥ぎ取っても次々に服が出現して、裸にはできなかったという。一方で、ドラウパディは、シヴァが送り込んだ破壊の象徴とも言われる。徳高い妻の顔と、夫たちに戦争を仕掛けるように焚きつける怖い顔も持っている。

 

クル王国首相ヴィドゥラ

聖仙ヴィヤーサとパリシュラミ(侍女)の間に生まれたヴィドゥラという賢者がいて、クル王国の首相にあたる地位に就き、兄ドリシュターシュトラと兄パーンドゥの良き相談相手。甥にあたるパーンダヴァ5兄弟やカウラヴァ100王子のドゥルヨーダナにも知恵を貸す。パーンダヴァ5兄弟が、カウラヴァの罠にはまり、燃えやすい(蝋の)家に閉じ込められ、敵に火をつけられた時、地下に穴を掘って逃げることを考えたのもヴィドゥラである。大戦争前に、クリシュナが平和使節としてクル王国と派遣された。ヴィドゥラはクリシュナを厚くもてなし、信頼された。しかし、ドゥルヨーダナのもとを訪れた際に提供された食事は拒否した。聖仙の子であるため、聡明であり、正義(ダルマ)の象徴であるため誠実である。

スワミジの語るシュリマド・バーガヴァタムではヴィドゥラのことをかなりのページを割いて説明されている。聖仙ヴィヤーサとパリシュラミ(侍女)との間の不義の子だが、非常に聡明で、王子たちの相談役として活躍する。最期は身体を捨て、ユディシュティラと融合する。二人はダルマを象徴している。

 

聖典「バガヴァッド・ギーター」

物語中では、人間の男性や女性でも、欲望に負ける場面があったり、女性が何らかの思いから、神々と交わり、子を授かるエピソードも異父兄弟、異母兄弟など、関係が複雑である。ゆえに人間らしい葛藤があり、単純な戦記物以上の読み応えがある。三男アルジュナがいざ戦場へ向かうべき直前に、親戚同士の争いにためらいを見せる。するとクリシュナは自らの神的な姿を顕し、ヨーガ(平等の境地)の秘密を説いて、アルジュナを悩みから解き放ち、戦士としての職分(ダルマ)を果たすように導いた。これが、18章から成る「バガヴァッド・ギーター」である。

 

大地の重荷

18日間の大戦争は、そもそも天上界(ヴァイクンタ)の神々が、大地の女神の重荷を取り除くために、それぞれが地上に降下し、子を作り、アスラ退治を行おうと取り決めたのがきっかけである。アスラは天界で神々との戦いに敗れ、地上に落とされたものたちであり、人間をはじめあらゆる生類に生まれ変わり、大地の女神を苦しめていたのである。

 

大戦争(クルクシェートラの戦争)

カウラヴァ方の総司令官をつとめたビーシュマ、ドローナ、カルナ、シャリヤであるが、彼らは身はカウラヴァ方に属しつつ、心(の一部)はむしろパーンダヴァ方と共にあった。ビーシュマ、ドローナ、シャリヤ、クリパは、カウラヴァ軍のドゥルヨーダナにより財物で買収されたのである。

18日間の大戦争の開戦に先んじて、敵陣との対戦相手が決められる。それぞれがパーンダヴァ方の5兄弟(ただし、ユディシュティラは除く)と壮絶な決闘を行う。

パーンダヴァ軍 VS カウラヴァ軍 対戦表
パーンダヴァ軍 vs カウラヴァ軍
アルジュナ(雷神インドラの子)vs カルナ(太陽神スーリャの子)
ビーマ(風神ヴァーユの子)vs ドゥルヨーダナ(アスラのカリの化身)
ナクラ(アシュヴィン双神の子)vs アシュヴァッターマン(破壊神シヴァを象徴)
シカンディン(元女性/夜叉ストゥーナカルナにより性転換)vs ビーシュマ(女神ガンガーの子)
ドリシュタケートゥ(シシュパーラ王の子)vs シャリヤ(マードリーの兄弟)
アビマンユ(アルジュナの子)vs ヴィリシャセーナとその他の王子たち

カウラヴァ軍にはビーシュマという怪力で弓の名手がいる。インドでは怪力の男の代名詞としてビーシュマと呼ばれる。母はガンガー。

戦況は、聖仙ヴィヤーサによって千里眼の能力を与えられたサンジャヤという御者が、ドリタラーシュタラの眼の代わりとなり、詳しく聞かせる役割を担う。

マハーバーラタの戦争が行われた場所はクルクシャートラという場所で、ニューデリーの北部にある。伝説ではここで命を失っても、誰でも天国に行けると言われる。マハーバーラタで戦死した勇者らも全員、天国に行ったと伝えられる。

 

戦争後の世界

パーンダヴァ軍は、カウラヴァ軍には勝つが、ハッピーエンドではなかった。5兄弟は、国をアルジュナの孫パリクシットに譲り、全国を旅して、最後はヒマラヤへ行く。妻のドラウパディも含め、それぞれのカルマにより一人一人死んでいく。残された長男のユディシュティラのみが天国に来たかのように本人は幻影を見るが、それは実はユディシュティラへの試練であり、他の兄弟も天国に行った。

 

アルジュナの孫パリクシット王子

プラーナ文献「シュリマド・バーガヴァタム(バーガヴァタ・プラーナ)」というのは、マハーバーラタ後の世界が舞台で、アルジュナの孫パリクシット王子に、聖仙シュカが、過去の出来事を語り聞かせる物語である。パリクシットは胎児の時に一度死ぬが、クリシュナが生き返らせる。「シュリマド・バーガヴァタム(バーガヴァタ・プラーナ)」では、ヴィシュヌ(ナーラーヤナ)の化身であるクリシュナへの信愛を実践することで(バクティ・ヨーガ)、解脱(モクシャ)が得られることが説かれる。

パリクシット王子は聡明で、永遠に皆のことを知ろうとする(パリクシャ)ので、パリクシットと呼ばれるようになった。パリクシットの祖父はアルジュナで、父は、アディマンユ。アディマンユは、月の神ソーマ(チャンドラ)の化身とも言われる。息子パリクシットも胎児の時に殺されるが、クリシュナに生き返らせてもらう。アディマンユの母はスバドラで、クリシュナの妹。パリクシットの生き死には月の象意、すなわち満ち欠けを象徴しているともみれる。

マハーバーラタ後の話であるが、パリクシット王は蛇王タクシャカによって咬まれて死ぬ。理由は、シャミーカ仙に礼を失した行為をしたために、蛇王タクシャカによって咬まれて死ぬという呪いをかけられた。タクシャカは仲間のナーガを呼んで聖者に化けさせ、王に果物を献上させ、自分は昆虫に化けてその果物の中に潜んだ。王が献上された果物を切ったとき、果実から這い出て蛇の姿に戻り、王の首筋に咬みついて殺した。タクシャカであるが、インドラの友人である。祖父アルジュナは、インドラの子であるが、これは何のカルマだろうか。

 

参考文献

スワミジのシュリマド・バーガヴァタム

www.dattavani.org