Books: ハイデガー:存在と時間 / 戸谷洋志(2022)

 

「世間に迎合せず、周りに流されず、自分本来の姿に気が付き、責任ある人間として生きる」この響きが魅力的でした。今でも魅力を感じます。哲学の解説書というのは、未来永劫、尽きることがない出版物と思います。原書が難しすぎるのもありますが、「存在と時間」のように未完の書籍でもあり、ハイデガー自身がナチスを迎合し、組織を加担した奇異な事件もあり、解釈は多岐に渡ると思います。

教え子であるハンナ・アーレントとハンス・ヨナスの視点からも、「存在と時間」を解釈されています。アーレント全体主義が生じる構造を分析し、ヨナスは環境分野でも重要な観点となる未来世代への責任について論じました。両者とも、ナチスの犯した罪から批判的考察が始まっています。二人ともユダヤ人です。

存在と時間」は未完どころか、前半部分しか書かれていないというのを改めて感じました。本来性を取り戻した人間は、その後どのように人と関わるべきかという部分が書かれていません。人との関わり方、社会のあり方についてハイデガーがどう考えていたかは、定かではありませんが、その意味では、二人の弟子が補完したとも言えます。

存在と時間には、「良心による覚醒」というキーワードがあります。誰のものとも交換ができない「私」の「死」。誰でもない誰かとして生きるのではなく、いつかは(いつかはわからないが)必ず死ぬ存在であることを直視することが、本来性を取り戻す第一歩です。そして、次に、良心の呼び声により、「私」はハッとさせられます。ただし、決して、何か具体的なアドヴァイスがあるわけではありません。”もっと自分らしい生き方があるのではないだろうか?”と気がつかさせられる瞬間がある程度です。世間の人々は、誰も正解を教えてくれない。でもそうした状況の中で、自分自身を選び取るのだと決意すること、探し出そうとし、自ら思考すること、その営みが本来の自分であるための条件だと言えます。