生物間相互作用と害虫管理 (2009)

生物間相互作用と害虫管理


★目次
はじめに
序論 新たな害虫管理に向けて


第1部 多様な種間相互作用を活かした害虫管理
第1章 捕食者-餌系の種間相互作用
第2章 捕食寄生者-寄主系の低密度安定化機構
第3章 甘露排出昆虫-アリ共生系を中心とした種間相互作用網
第4章 生食連鎖と腐食連鎖の結合した食物網と害虫管理
第5章 植物の誘導防御反応と天敵の利用


第2部 総合的害虫管理の実際
第6章 土着天敵を利用した総合的害虫管理
第7章 土着天敵を利用したリンゴ園の総合的害虫管理
第8章 生息場所管理による土着天敵の利用とダイズ害虫管理


第3部 害虫管理から総合的生物多様性管理へ
第9章 生物多様性と害虫管理
第10章 総合的生物多様性管理


★害虫管理とは、生態学的知見に基づいた技術理論であることを念頭に考えることが大切ではないでしょうか。


農地は、一つの生態系です。しかし、単一の作物で占められていることが多く、昆虫相は少数独占の傾向が見られます。害虫とは、生物多様性の貧困化と特定種の密度増加によって生じているのです。


本書のトリを飾るのは、「ただの虫を無視しない農業」のキャッチフレーズで有名なIBM(総合的生物多様性管理)の解説です。このIBMが実行される場所は、大部分が里地里山であると示唆されています。多くの人は、多様な生物相と言えば、熱帯雨林を思い浮かべるかもしれませんが、実は生物多様性に富んでいるのは、里地里山であることが最近の研究でわかってきました。


IPM(総合的害虫管理)は、害虫を「ただの虫」にすることを目的としてきました。害虫の密度がその種のEIL(経済的被害許容水準)を上回らないように管理することです。一方で、自然保護・保全では、絶滅危惧種の密度を下回らないように管理することを目的とします。


簡単に言うと、IPMは、経済的観点(儲け、生産性)を重視。IBMは、環境、あるいは生態学的観点(生物多様性)重視です。農地における害虫管理(IPM)と生物多様性保全・保護の両立には、従来の短期的・局所的(作物別)視点を脱却して長期的・広域的視点が重要であると説かれています。


例えば、日本の都市近郊地域および平地農業地域で行われる施設栽培では、その構成害虫相の半数は外来侵入種で占められています。このような場合は、IPMが重視されます。一方で、中山間地(里地里山など)、あるいは、民家の庭園には、より複雑な生物間相互作用が生じているでしょう。この場合は、IBMが重視されえます。


技術はしばしば「両刃の剣」の性質を持っているという指摘も見逃せません。例として、水路の3面コンクリート化は、ホタルなどの水生昆虫の保護保全の観点からは好ましくないが、カ類や血吸虫の宿主の防除には有効な手段と考えられます。また、畦畔の維持管理の省力化にもつながるとされます。個々の技術の評価はそれぞれの地域の条件によって異なってきます。これらをいかに合理的に総合化するかがIBMの任務であると強調されています。


所感として、最後に、環境倫理的に考えてみたいと思います。害虫との格闘の歴史を振り返ると、駆除から防除への流れはあります。近年、さまざまな環境問題が生じていることが気付かれ始めました。従来の害虫管理の方法は、生態系に対して強い影響力を持ちうる人為的な撹乱の一つであり、人間中心主義の傾向が強いものです。IBMは、人間非中心主義へ体重のかけ方を変えさせることを促す概念であり、その基礎には科学的な知見を必要としています。今後の害虫管理にとって、科学的知見の蓄積が最重要課題の一つであることは言うまでありません。


そして、もう一つ重要なものとして、駆除あるいは防除を行うにあたり、その行為がどのような知見に基づいているか、さらにどのようなことが予測されるかと、農業従事者、技術的指導者、もしくは農薬などの農業資材販売・製造者は考えてから、行動をおこす必要があるのではないでしょうか。ここにまたひとつの環境倫理の問題が存在すると言えるでしょう。