Study: クリシュナ (Kṛṣṇa)

クリシュナ(Kṛṣṇa)あるいは「クリシュナ信仰」

ヒンドゥー教のヴィシュヌ派では、通常ラーマ、クリシュナ、ブッダなどヴィシュヌ神の10の化身を認めているが、なかでも重要なのがクリシュナ()に対する信仰である。このクリシュナ信仰は、ヤーダヴァ族の英雄クリシュナを神格化して奉ずるクリシュナ教とヴリシュニ族の奉ずる一神教的なヴァースデーヴァ教とが混交され、それにアービーラ族の奉ずる牧主(ゴーパーラ)への信仰が統合され、さらにその後、クリシュナがヴェーダの神ヴィシュヌと同化されて、バーガヴァタ派が成立していく過程で有力なものとなっていった。

このクリシュナの説いた福音が古来有名な『バガヴァッド・ギーター』であり、また『バーガヴァタ・プラーナ』10章には、次のようなクリシュナ伝説が伝えられている。ヴィシュヌは、悪王カンサの姿をとって地上に現れた悪魔たちを滅ぼすために、ヤーダヴァ族のヴァスデーヴァとその妻デーヴァキーの息子クリシュナとして生まれた。彼らの第八子に殺されるとの予言を受けていたカンサ王は、その六子までを殺したが、第七子バララーマと第八子クリシュナは難を逃れ、牛飼の長ナンダとその妻ヤショーダーのもとで養育された。この牛飼村で育ったクリシュナは、子供の頃から数々の奇跡を行い、青年期には牛飼女たちと踊り笛を吹いて遊びにたわむれ、また多くの悪魔を退治し、ついには悪王カンサを滅ぼすが、最後には唯一の急所かかとを猟師に誤って射られて死ぬことになる。だが、この伝説の中にはまだ、後世のジャヤデーヴァ『ギータ・ゴーヴィンダ』などでクリシュナの愛人神として重要となるラーダー崇拝はまだ現れてこない。また、この牧人クリシュナとその愛人ラーダーの崇拝をヴェーダンタ哲学によって基礎づけて、クリシュナ信仰を広めた者には、ニムバールカ、ヴァッラバ、チャイタニヤなどがいる。

岩波 哲学・思想事典. 1998. p.388